溝咋神社


摂津国島下郡
大阪府茨木市五十鈴町9-21
(P無し、二の鳥居前に停めて足早に参拝か)

■延喜式神名帳
溝咋神社 鍬靫 の比定社

■旧社格
府社

■祭神
媛蹈鞴五十鈴媛命
溝咋玉櫛媛命
[相殿] 三島溝咋耳命 天日方奇日方命 速素盞嗚尊 天児屋根命


元々は上宮(ヒメタタライスズヒメ神)と下宮(ミゾクイタマクシヒメ神)の二社あったものが、明治に合祀、下宮のところに上宮が統合されたそうです。
当社は三島溝咋一族の斎祀る社。溝咋耳神が一族の長、その娘神がタマクシヒメ神、さらにその御子(溝咋耳神の孫神)で兄がアメノヒカタクシヒカタ神、妹がヒメタタライスズヒメ神、スサノオ神は遠祖。溝咋玉櫛媛神は勢夜蛇多良姫神のこと。
ちなみにヒメタタライスズヒメ神は神武天皇の妃、セヤタタラヒメは事代主神の妃(紀では大物主神の妃)。事代主神一族が溝咋一族を支配下に収めたということでしょうか。さらにそれらを天孫族が国譲りをさせて支配下に収めたということでしょうか。
近隣に東奈良遺跡があり(詳細は佐和良義神社の中で)「たたら」が付く神名が二柱、おそらく銅器を巡って(狙って)のやり取りがあったのかもしれません。


参道は200mほど。

二の鳥居




摂社は事代主神、天手力男神など