皆さん、こんにちは。佐伯恵太です。

 

 

【リモート小説】と題して、僕がtwitterに投稿した写真に対して妄想リプを飛ばしていただき、その妄想を組み合わせながら、僕がさらに妄想を膨らませて一つの小説にしました。

 

 

昨日の第一弾に続いて早速、第二弾です。また新しい要素も取り入れてみましたキラキラ

 

 

誰とも会わずに、一度も会わずに、みんなで作った小説です。

 

 

お楽しみいただけましたら幸いです。

 

 

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- flower - 

 

 

最近、一日が長い。今日はまだ、日が沈んでいない。

 

 

「あ、繋がったかな」

 

「もしもし」

 

「もしもし。はじめまして」

 

「はじめまして。佐々木奈緒子です」

 

「あ、えーと、飯沼健です。画面、見えてます?

 

「はい、見えてます。なんか、緊張しますね。何話したらいいんですかね・・・」

 

「そうですね。でも、何でも気楽にお話できたら嬉しいです!」

 

「ありがとうございます。ちょっと気が楽になりました」

 

「それはよかったです」

 


 

こんなやりとりを、ひたすら繰り返している。画面の外は、酷く汚れた部屋の中で。

 

 

 

マッチングアプリ。

 

 

自分の偽名と嘘の職業を設定して、マッチングした女性をZOOM通話に誘い、オンラインで会話をする。いい感じに仲良くなれたら次の予定を決めて、またオンラインで会う。その間、別の女性ともオンラインで会う。

 

 

何でこんなことをしているのかは、自分でもよくわからない。

 

 

真剣交際の相手を探しているわけではないから、これはいわゆる「遊び」なのだと思う。

 

でも、オンラインで会って仲良くなったところでこのご時世では、次は直接会いましょう、という発展は望めない。遊びにしたって、随分と物足りない遊びだ。

 

 

こんな世の中になってしまったことへの、ささやかな抵抗なのかもしれない。


 

しかし、こんな状況だからこそ、やりやすい手口でもある。

 

 

平時なら、偽った職業についていろいろなことを聞かれ、職場の話などになった時にボロが出そうなものだが、仕事の話になった時はだいたいこれで済む。

 

「今は在宅勤務になったから家で仕事してるんですよ」

 

あるいはこうだ。

 

「もう今は仕事も無くなってしまって、大変なんですよ」

 

だいたいそこからは、最近何してるとか、趣味の話とかになって、仕事の込み入った話にはならない。さらには相手の悩みや愚痴を聞いているだけで、勝手に信頼されたりもする。

 

 

 

医者、弁護士、ITエンジニア、ベンチャー企業の社長、一流料理店のシェフ、BARのオーナー、工場長、学校の先生。

 

全て嘘とはいえ、いろんな自分になりきれるのは、少し楽しかった。

 

 

内科医の設定の時には「連日沢山の患者さんの対応で心身ともに疲れていたので、今は神様が休めって言ってるんだと思います」なんてかっこつけてみたりもした。

 

今日は研究者なので「研究のプレゼンは毎回緊張しますけど、学会で賞賛された時は最高の気分なんです」なんて、言ってみようかと考えたり。

 

冷静になると馬鹿げた遊びだが、

 

時々、ゲームの主人公みたいな気持ちになれる瞬間もある。


 

 

そもそも、

 

こんなことを始めたきっかけは、コンビニに買い物に行ったある日の帰り道、道端に咲いている花を見て、花はこんなにいろんな色や形になれていいなぁと思ったからだ。

 

 

 

綺麗な花を見てこんな下衆なことを思いつく自分を、貶すと同時に褒めてやりたい。


 

 

やり始めて約2ヶ月。思いつく職業はだいたいやった。

 

そして今日、研究者である。

 


 

研究者の服装がどんなものなのかわからない。白衣を着ているイメージはあるけれど、それは理系の研究者だけかもしれない。

 

いや、理系の研究者であってもプライベートで女性と会話する時、白衣は着ないだろう。


 

せめて少しでも真面目に、そして頭が良さそうに見えるために、ネクタイを締め、伊達眼鏡をかけた。

 

着替えている最中、そういえばこれは学校の先生の時と同じ格好だったな、と思い出したけれど、そんなことは相手にはわからない。

 

 

 

「飯沼さんは、研究をされているんですよね」

 

「まあ、助教って言って、まだまだ半人前の立場ですけどね」


 

助教というのも、この会話を始める少し前にネットで調べた単語だ。「助教授」という階層は2007年に廃止になり、代わりに「助教」という階層ができたらしい。

 

「飯沼さん、それでも凄いですよ!私は夢を諦めた人間なので・・・」

 

「そうだったんですね・・・ちなみにどんな夢だったんですか?もし差し支えなければ教えてください。あ、嫌だったら全然良いので」

 

「あ、全然嫌じゃないんですけど」

 

 

彼女の表情が変わった。

 

 

「実は、研究者を目指してました」

 

「え、研究者ですか?なるほど・・・ああ、研究者ですか」

 

「だから、実際に研究をお仕事にされている方のことを本当に尊敬していて、今すごく嬉しいんです!」

 

「そんな、何か参考になるようなことが言えるかわからないですけど、まあ・・・話を聞くくらいならいくらでもお付き合いしますよ」

 

「本当ですか?じゃあお言葉に甘えて・・・」

 

 

 

予想外だった。マッチングアプリの相手のプロフィール欄をしっかり見て、相手の職業と被らないように自分の職業を設定していたから、問題は起きないだろうと思っていた。

 

自分が設定した職業と、相手がかつて目指していた職業が被ることなど、完全に想定外だった。しかし、自分が「聞く側」にまわることで、どうにか事なきを得た。


 

 

しばらく話を聞いた。本題と雑談を行ったり来たり。時計の短い針が、二つ進んでいた。


 

 

「それと実は、私の父は研究者でした。でも私が幼い頃に両親は離婚していて、あんまり記憶はないんですけど。」

 

「そうだったのですね」

 

「はい。それで離婚の原因も父が研究に没頭しすぎたからで、私にしても父に構ってもらった記憶もほとんどないんですけど。それでも、研究室に寝泊まりして久々に帰ってきた父の顔が晴れやかで誇らしげで、キラキラしてたのを忘れられなくて」

 

「なるほど・・・」

 

「でも、私が研究者になりたいって言ったら母も悲しむだろうし、そもそも学校の成績もあんまりよくなかったし、大学に入った頃にはまだ夢を捨てきれてなかったんですけど、結局就活して、食品会社に就職しました」

 

「・・・はい」

 

彼女は続けた。

 

「もう未練も無いつもりだったんですけど、今ずっと家にいるような生活で自分と向き合う時間が増えた時に、本当にやりたいことは研究だったなって。今は営業部なんですけど、うちの会社、研究部もあるから本気で目指してみようかなって。考えてみたら、自分の人生がいつまで続くのかもわからないし、ある日突然、なんてことも。そう考えたらやっぱり絶対に後悔したくなくて・・・ごめんなさい!こんなに一気に話されても困りますよね?」

 

「あ、いえ、大丈夫ですよ」

 

「・・・ありがとうございます。だから、それで、少しでも研究者の方のお話が聞きたくて。職場内では営業の同僚に気まずさもあったりで研究部に聞きに行ったりはし辛いし。それでその、こういうアプリでもし研究者の方と知り合えたら一対一で話が聞けるのかなと思って・・・って、発想がおかしいですよね。なんか自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃって。だから実は、出会いを求めてるわけじゃなくて、とにかくその、ごめんなさい・・・」

 

 

赤く染まった頬を伝う涙が、画面越しにもはっきり見えた。

 

 

その表情に一瞬見惚れてしまったが、すぐに自分の置かれている状況に気づいた。自分がついている嘘は、彼女のそれよりずっと重い。

 

 

「あ、いやいや、僕もその・・・真剣交際とか考えて利用してたわけじゃないというか・・・なので、気になさらないで大丈夫です」

 

そう答えるのが精一杯だったが、振り絞って続けた。

 

 

「とにかく僕が言いたいことは、その夢は絶対に捨てないでください。僕も・・・僕も夢に向かってもう一度挑戦しますから!」

 

「・・・夢、ですか?」

 

 

彼女との会話の中で、呼び覚まされた記憶と、込み上げてきた感情。

 

自分にも夢があった。

 

 

 

「はい。実は僕、ゲーム会社でゲームを作ることが夢だったんです」

 

「え?ゲームですか。ゲーム・・・研究者から、大胆な転職ですね」

 

「・・・」

 

「えーと・・・」

 

「ごめんなさい。研究者ではなくて、フリーターです、今。ゲーム好きの、ただのフリーター、というかニート」

 

「そうだったんですか」

 

「はい・・・」

 


恥ずかしさが込み上げてきた。でもなぜだか、正直に言わないことはできなかった。

 

 

 

しばらく俯いたままだった僕の視界の端に、キュッと上がった彼女の口角が飛び込んできた。


 

 

「ほんとにもう、プロの研究者さんだと思って緊張しちゃったじゃないですか。ゲーム、頑張って作ってくださいね!」

 

 

そこからのことはよく覚えていない。気がついたらビデオ通話は終了していた。ひたすら励まされていて、時折彼女の研究者としての野望の話も、入っていた気がする。

 

 

そして。

 

 

「ゲーム、頑張って作ってくださいね!」

 

この言葉だけが頭の中でこだましていた。


 

この2ヶ月、ありとあらゆる偽りの自分を演じてきたけど、ゲームを作っている、という嘘だけはつかなかった。

 

その嘘は、もし思いついてもきっと、つけなかったと思う。


 

もう何年も前にそんな夢は諦めたつもりでいたのに、心の奥底にしっかり残っていたみたいだ。

 


 

そういえば、いつからかゲームを趣味としてもやらなくなっていた。

 

お前にとってこれは趣味だ、それ以上でも以下でもない。

 

そのことをつきつけられるのが怖かったのかもしれない。

 


 

埃をかぶっていたゲーム機を引っ張り出して、夢中になってプレイした。楽しくて仕方がなかった。気がつけば朝になっていた。


 

 

疲れた目をこすりながら、朝食の調達のためにコンビニへ向かった。



 

帰り道、花が咲いているのが見えた。

 

 


 

橙色、紫、白、黄色。



 

いろんな色と、形がある。


 

 

だけど、橙色の花が、白になったりはしない。

 

それぞれが、それぞれの色と形で、咲いている。



 

その力強く、綺麗な花たちの姿が、この2ヶ月間、出会ってきた女性たちの姿と重なった。

 

みんな、世の中と、自分自身と戦っていて、美しかった。

 

自分もなれるかな、そんな風に。

 

 

 

二度と会えない彼女たちに、心の中で謝罪と、お礼の言葉を伝えた。

 

 

 

 

もし、夢が叶ったら。

 

 

夢が叶って、自由に外を歩けるようになったら。

 

 

 

実家に帰って久しぶりに両親と話でもしてみるかな。

 

 

 

そういえば、実家の周りに綺麗な花畑があったっけ。

 

 

 

行けるかな、行きたいな。

 

 

いつか、必ず。

 

 

 

 

コンビニのビニール袋には、朝食用のパンとコーヒー、それと、履歴書が入っている。

 

 

 

「flower」

 

 

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最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

お題に答えてくださったみなさんも、ありがとうございました。今回は動画の方で、お名前を掲載させていただきました。

 

本日11時15分にtwitterでお題を掲載、17時まで募集して19時にリモート小説を公開しました。

 

正直今日は無理かなと思いましたが何とか時間は守れました・・・

 

 

 

外に出て花を愛でたり、お花畑を思う存分楽しめる日々。

 

そんな日々が、再びやってきますように。

 

願いを込めて。