Poco a poco -難病と生きる- -32ページ目

Poco a poco -難病と生きる-

スペイン語の「poco a poco」は、日本語では「少しずつ」「ゆっくりゆっくり」という意味です。遺伝性による難病、脊髄小脳変性症を患っていると診断された2015年7月(当時34歳)以降、少しずつ身体が動かなくなる恐怖と闘いながら、今日を生きる僕の日記です。恐縮です。

前日まで、入念なシミュレートと情報共有に励む。行先は飯能駅。そこからバスに乗って、目的地はメッツァビレッジ。普段、仕事で世話になっているスタッフが駅の改札口まで来てくれるという。遅刻はできない。けど、乗り換えが不安。前回とは別のルートで行くことに。

 

不安は的中。既に二度の乗り換えで遅延が発生。補助役の駅員を待ったり、迂回ルートを使ったりと、タイムロスが酷い。乗り換え案内の情報通りにはいかない。加えて膀胱が。次の乗換駅まで45分はあるぞ。着いたら、すぐにトイレに駆け込むんだ。多目的トイレの空き状況。

 

 

最後の乗り換え駅は、駅舎が閉まっていた。呼び出しボタンを押す。掠れた声で補助を促す。通じたようで、駅員が出てくる。すると後ろから警報音が。対応しますので、次の次の電車でもよろしいでしょうか、と駅員。首を縦に振るしかない。もう。大幅遅刻確定だ。疲れた。

 

 

担当スタッフらと合流後、一緒にバスに乗って現地へ。その車内から既に混雑。雨天とは打って変わった本日。天高く、馬肥ゆる秋の空。ちょっと暑いか。運営からスタッフTシャツを渡されて、早速袖を通す。急に仕事モードになる。遊びに来たわけではない。僕はライター。

 

 
ランチには弁当も用意されていたが、社員さんの提案もあり、キッチンカーの有名なカレーを食することに。誰かと一緒に食べる食事は旨い。午後は場内をグルっと一周。興味のある出し物を発見する。ボッチャだ。対戦相手は現役の大学生。遠慮が無いな。惨敗。けど楽しい。

 

 

その後、大学生の彼もチームに加わる。彼と会話を試みる。サッカーを部活でやっているとのこと。どおりでね。就活は福祉業界を中心に回っているとのこと。同じ大学の仲間たちで出店したと言うブースに案内してもらった。産学共同プロジェクト。質が高い。大学生可愛い。

 

 

そろそろ帰る時間。あっという間。そこら中に散らばっている社員さんが、すれ違う度に声を掛けてくれる。先日、オンライン会議で初顔合わせを済ませた東京都の担当者や、厚労省の元課長さんらが会いに来てくれた。代表が言う。この人の文章がね。ファンを構成するのよ。

 

当ブログでも何度か取り上げたことがある。ご存知の方もいるだろうか。RAB。ダンスユニット。アニソンを中心に、日本のPOPカルチャーを盛り上げている。今から20年ほど前。昔々の古の当時。ニコニコ動画は、彼らを中心に回っていた。皆、若かった。カッコ良かった。

 

 

彼らの活躍ぶりを、どこか遠くの国のスポーツ選手を応援するようなファン目線。昨年、ワンマンライブで初の武道館を踏むという報道が流れて、腰を上げたが重かった。チケットは売り切れ。遅いのよ。今年も春に、今度は更に規模を大きくライブが決定。ついに参戦する。

 

image

 

会場は東京体育館。何を血迷ったか、誤って代々木体育館へと向かっていた。気付く。電車か。グーグル先生に尋ねてみると、意外と近い。徒歩で23分ぐらい。電動車椅子で踵を返す。現地は大量のファン。否。保護者(俗語)。スタッフに訊く。車椅子席の入り方が分からない。

 

image

 

入場客がある程度落ち着いたのを見計らって、スタッフの先導に従って席へ。車椅子専用席は、一般人なら詰めれば20人は入れそうなスペースに、当事者が二席分。付き添いがいないのは僕だけかも。隣の席の若い女性客。手にはペンライト。付き添いの親御さんもペンライト。

 

image

 

全員が煌々とペンライトを振っている。そうだった。それぞれがお気に入りのキャラクター色を付けて、楽曲に合わせて振り回すスタイルだ。遅れを取った。使える物は無いかと探る。あっ。ヘッドライト。白(ネス)と赤(アツキ)に光るんだぜ。振ればムラトミ色にもなる。

 

土曜日はこれに行ってきたよ。レビューはまた改めて。帰宅は夜分。心地良い疲労感。既に眠い。珍しく、多く寄せてもらったコメントに返信している。就寝時間が迫っている。翌日(本日)は昨年同様、仕事の一環でまた飯能まで。書くネタに困らないのは良いこと。時間が。

 

image

 

 

 

眩暈が原因か。それとも足の痛みが悪いのか。よく転ぶ。都度、訪問リハビリで世話になっているPTやSTには共有している。彼らが心配するのは、怪我のリスク。頭部へのダメージ。骨折の可能性。運動神経の良さが幸いしているのか、まだ大怪我の心配はいらない。でも。

 

また出血を伴う怪我をした。ようやく瘡蓋になった肘の古傷への損傷。見た目ほど酷くはない。共有を躊躇う程度。しかし。枕元の血痕を見たPTが気付く。そして僕に提案するのだ。歩行器を止めて、家中の移動を電動車椅子にしてはいかがでしょうか――。いや。まだ早い。

 

 

彼らにも言い分はある。患者に怪我はさせらない。でも僕は思う。PTの仕事とは――。とな。いやはや、進行性の神経難病の速度の速さよ。懐かしいな。東京マラソンを完走したのって、確定診断から2年後だっけ。あの頃は自分を病気と思わなかった。今はダメだ。僕は弱い。

今年もこの時期がやって来たよ。何がって。特定医療費(指定難病)受給者証の更新手続き。皆が皆、共通してこの時期というわけではない。多少、前後している。悪しからず。封書が届いたのが1か月前。すぐに病院に赴く。臨床個人調査票を担当医に書いてもらう為だ。

 

3週間後、病院(文書課)から連絡がある。書けましたと。取りに来てくださいと。頑なに郵送対応はしてくれない。まだ平気だが、いずれ心配する時が来る。支払いを済ませる。ここは立派な病院ながら、安価で助かる。病院によって、支払い額に差が生じるって意味不明。

 

 

その後、すぐに保健所に赴きたかった。忙しかったんだ。で。やっと昨日、訪れることが出来た。え。一昨日は雨だったじゃないか。担当の保健師さんと、連絡を取り合う。当日のスケジュールを確認。用意するべき書類も確認する。ほら。八王子の中心地って、家から遠いから。

 

 

事前に予約を受け付けてくれていたおかげで、スムーズに手続きに入ることができた。担当の保健師とはまた後ほど。相対するは、ベテランの保健師さん。書類をまとめて提出する。代筆してくれる。前回は苦労した手続きが、今回は楽に済んだ。とは言え思うことがある。

 

 

何故、自動更新にならないのか。煩雑な手続きに耐えられる体力を維持するのは、サッカーで言えば、40歳を過ぎても第一線で活躍を続ける偉業よ。今回も、発声に難儀した。咳が酷い。声が続かない。根気強く、次の言葉を待つ担当保健師さん。今日も、空は、青いか――。