冨安健洋 | Poco a poco -難病と生きる-

Poco a poco -難病と生きる-

スペイン語の「poco a poco」は、日本語では「少しずつ」「ゆっくりゆっくり」という意味です。遺伝性による難病、脊髄小脳変性症を患っていると診断された2015年7月(当時34歳)以降、少しずつ身体が動かなくなる恐怖と闘いながら、今日を生きる僕の日記です。恐縮です。

冨安健洋という男をご存知だろうか。26歳。現役のサッカー選手にして、A代表。所属はプレミアリーグ(英)の超名門、アーセナルFCだった。昨シーズン終了までの4年間在籍。恵まれた体格、類まれなる身体能力、複数ポジションをこなせるポリバレント性、秀でたサッカーIQ。

 

 

彼の将来と日本サッカーの明るい未来をダブらせたファンも多かったのではないだろうか。三兄弟の末っ子と揶揄された日本人トリオが揃って活躍したベルギーはシント・トロイデンで、弱冠20歳にして海外の大柄FW相手にも一切怯むことなく大器の片鱗を見せると、翌年には。

 

 

セリエA(伊)の中堅クラブに引っ張り上げられる。この時期から彼を追うようになった。ボローニャFC在籍の彼は凄かった。英『トーク・スポーツ』が発表した「今季のヨーロッパのワンダーキッド トップ20」で超有名選手が名を連ねる中10位に選出されると、遂にあの名門が。

 

 

アーセナルに日本人選手が加わる。とんでもないビッグニュースである。当然、疑いの目を向けるファンも多かった。デビュー戦の活躍で、反旗を翻すと、彼の謙虚な姿勢、語学力、そして質の高いプレーの数々で、あっという間にファンを増やしていった。誇らしかったね。


 

惜しむべきは、彼のスぺ体質。怪我しがちってこと。故障が癖になってしまい、昨季のプレータイムは僅か5分。選手やクラブスタッフ、世界に広がる多くのファンに愛されても、尚且つ、契約満了まで後1年を残した状態にも関わらず、何故彼は退団を決意したのだろうか。

 

 

DAZNで、直近のトミーの対談が見られる。インタビュアーは内田篤人。彼もドイツの強豪シャルケ在籍時、同じような経験をしている。申し遅れたが、僕もだ。サッカーじゃなくて、ビジネスだし、怪我じゃなくて病気だけど。なんかね、当時の記憶が蘇って、泣けてきた。