わくわく海賊団 -7ページ目

わくわく海賊団

Compass of Your WakuWaku

恐竜のレプリカ、貨物コンテナに鎖で吊るされる

 

 専門があるって、

 すごくいいなぁと思います。

 

 べつに対象はなんでもいいんです。

 植物でも、虫でも、石でも、星でも、

 恐竜でも、走ることでも、泳ぐことでも、

 音楽でも、庭いじりでもいい。

 

「これならだれにも負けない」

 といえる分野がひとつでもあれば、

 毎日の迷いも減るんじゃないかなぁ。

 

 たとえば、

 むずかしい社会の話になったとき。

 

 専門がある人なら、すぐに

「植物の世界にたとえるとね」とか、

「虫にも似たところがあるんだ」と言いながら

 じぶんの見慣れた景色に置きかえて

 話をすることができますよね。

 

 それは「じぶんの土俵を持っている」

 ということだと思うんです。

 

 もちろん、どんな話題でも専門分野に

 引き寄せられるというわけじゃないけれど、

 なにも拠り所がないよりずっといい。

 落ち着いていられると思います。

 

 大人になると、

 だれもが一度は「学び直し」を望みます。

 

 それは、知識を増やすだけでなく、

 じぶんのなかにひとつ軸がほしい…

 日常のふとした瞬間に、

「あ、これとつながった」と思えるような、

 そんな中心を持ちたいのかもしれない。

 

 軸がないままだと、

 どこにいても地面がふわふわしているような

 そんな心許なさがあるんですよね。

 

 どこでもいいから、

 しっかり地に足をつけて、

「ここがじぶんの場所(土俵)だ」と

 思えるところがほしいんだ。

 

 今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。

 

 学ぶことは、

 軸をつくることかもしれない。

ジャングリア沖縄の象徴的な看板と青空

 

 ベタな展開というのは、

 試行錯誤の歴史のうえにあり、

 過去に多くの人たちが、

「人間」を観察してきた成果であって、

「人間の基本」がたくさん学べる

 教材のようだと思っています。

 

 たとえば、わかりやすく

「成功物語(サクセスストーリー)」の流れを

 ひとつ思い浮かべてみようと思います。

 

 まず、運命のような出会いがあります。

 

 その出会いがきっかけで、

「これがじぶんのやるべきことだ」と

 主人公が気がつくわけです。

 

 そして、ふるさとを…

 慣れ親しんだ場所から旅立ちます。

 

 しかし、慣れない場所で、

 最初は失敗ばかりの日々です。

 うまくいかなくて、落ち込んだりもします。

 

 それでも、あきらめずにいると、

 師匠や信頼できる仲間と出会います。

 学びながら、戦いながら、

 少しずつ成長していきます。

 

 やがて、これまでにないほど

 強い敵に(または壁に)ぶつかります。

 

 全力で挑んでも勝てず、

「もう無理だ…」と心が折れそうになります。

 でも、思いもよらないところに、

 新しい方法を見つけます。

 

 それを試してみると、

 突破口が開けてきます。

 

 最後には、最強の敵(または壁)を

 乗り越えることになります。

 

 最初に掲げた目標をかなえるのです。

 

 そして、ふるさとに…

 慣れ親しんだ場所に帰ってきます。

 出発したときと同じ場所なのに、

 どこか景色がちがって見えるんですよね。

「しあわせだなぁ」と感じると同時に、

 また新たな旅がはじまる予感がします。

 

 じぶんのいまの状況を、

 こんな物語の流れに置きかえてみると、

 少し冷静に整理できる気がします。

 

 だれかが長い時間をかけて

 人間を観察してつくった「型」だから、

 いまのじぶんにとっても

 意外とヒントになることが多い。

 

 今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。

 

 ベタとは、くりかえされてきた

 人間のパターンのようなものだと思います。

 だからこそ、だれのこころにも届いて、

 しかも何度でも通用するんだと思う。

 

「なんでそんなことも知らないの?」

 そんなふうに思ってしまうことがあります。

 

 でも、よく考えてみたら、

 じぶんだってそのことについて知ったのは、

 そんなに昔の話じゃなかった気がします。

 

 思えば、あれもこれも、

 つい最近わかったことばかりです。

「昔からずっと知っていた」なんてこと、

 意外と少ないんじゃないかな。

 

 知ることは、すばらしいことだと思います。

 

 でも、知っていることは、

 人によってバラバラなんですよね。

 じぶんがあたりまえだと思っていることを、

 知らないことだってあたりまえです。

 

 同じ国に生まれても、

 住む地域や家庭の習慣によって、

 身につく知識や常識はちがいます。

 

 都会と田舎でもちがうし、同じ町でも、

 親の仕事や学校の環境で見える世界は、

 ぜんぜんちがうものになってくる。

 

 時代によってあたりまえも変わるし、

 そもそも、知る機会があったかどうかは、

 運や縁に左右されるところが大きい。

 

 だから、いまの時代の

 知識や技術だけを基準にして、

「知らないなんておかしい」と言うのは、

 ちょっと乱暴かもしれません。

 

 なにかについて知るということは、

 すごくありがたいことなんだと思います。

 

 でもそれは、偶然にもそういう環境にいて、

 そういう人と出会って、

 たまたま知ることができたというような、

 運による面が大きい気もするんですよね。

 

 もちろん、知ることへの

 努力があったことも否定しませんけどね。

 

 ただ、言いたいことは、

 同じ時代に生きていても、

 となりにいる人とじぶんとでは、

 知っていることがまったくちがうということ。

 

「知っている」というのは、

 それくらい多様で、

 個人的なものなんだと思います。

 

 今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。

 

 じぶんは知っている。あの人は知らない。

 あの人は知っている。じぶんは知らない。

 だから一緒にやると、世界はもっと広がる。