
スティーブ・ジョブズさんのスピーチで
強烈な印象を受けたのは、やっぱり、
スタンフォード大学でのスピーチです。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、
今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?
それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くのなら、
そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、
決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。
なぜなら、ありとあらゆる物事はほとんどすべて、
外部からの期待、己のプライド、
屈辱や挫折に対する恐怖、我々が死んだ瞬間に、
きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。
そして、あとに残されるのは本当に大事なことだけ。
自分もいつかは死ぬ。
そのことを思い起こせば、自分が何か失ってしまうんじゃないかという
思考の落とし穴は回避できます。
これは私の知る限り最善の防御策です。」
もしも、人生の終わりを宣告されたときに生き方が変わるのだとしたら、
それまでの人生は、「じぶんが本当に望んだ生き方ではなかった」
ということになるのかもしれません。
「じぶんで望んで決めた」と思っていることも、
じつはそうではないことがあります。
住む場所は会社への通勤を考慮して決めたし、
着ている服もその業界で許される範囲で選んでいると思います。
お昼も、社食だとか職場の近くで休み時間内に食べられる手軽なものだし、
読んでいる本も気がつけば仕事に関連するものだったりして、
鞄も靴も通勤に適したものなわけです。
じぶんで決めたと思っている船の進路は、
よーく考えてみると、これだけまわりの影響を受けているわけです。
影響を受けることは決して悪いことではないけれど、
そのことに気づかないでいるのはイヤだな、と。
世の中にたくさんある「べきべき論」にも注意したいですね。
たとえば、「退職金が増えるから、あと5年は我慢するべき。」
と、考えていたとします。まわりからもそう勧められる。
よーく考えてみる必要があるかもしれないな、と。
その増えた退職金の額と、じぶんの貴重な人生の5年の価値と。
今日も、「わくわく海賊団」にきてくださってありがとうございます。
じぶんの船の進路をじぶんで決める。
ずっと続くわけではない航海で、
そのための知恵と勇気だけは持っていたいと思うのです。