ニュースを見ていると、
いろんな問題が語られています。
環境問題、少子化問題、
社会のさまざまな課題です。
それを聞いていると、
問題というのは最初から世界のあちこちに
存在しているもののような思えます。
社会には問題があり、
それを人が解決する。
そんな構図で語れることが多いからです。
でも、よく考えてみると、
自然界には問題というものは
存在していないんですよね。
雨が降る、風が吹く、川があふれる。
そこにあるのはただの現象です。
自然はただ起きているだけで、
そこに困るとか異常とか解決という
意味はありません。
人がそれを見て、
困るとか危ないと思ったときに、
はじめて問題が生まれます。
つまり問題とは、
世界の側にあるものではなく、
人の側に生まれる解釈なのだと思います。
人は知らないことを問題にできません。
そして興味のないことも問題にはできない。
同じ社会のなかにいても、
人によって気になることはずいぶんちがう。
教育に関心がある人は、
教育の問題に心が動きます。
地域に関わっている人は、
地域の問題に引っかかます。
働き方を考えている人は、
働き方の問題に目がとまります。
同じできごとを見ていても、
人によって見えている問題がまるでちがう。
それはその人が
どこに関わりながら生きているのか、
そのまま表しているようにも見えます。
どこに違和感をおぼえるのか。
どこで立ち止まり、どんなできごとを
「これは問題だ」と口にするのか。
その選び方には、
その人の関心や経験や立場が
にじんでいるように思う。
人が取り組んでいる問題を見ていると、
その人が社会とどう関わっているのかが
とてもよく分かると思うんです。
問題はその人の視点であり、
その人の関わり方の表明でもあります。
もしかすると、
その人の個性そのものかもしれない。
今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。
人はじぶんの問題を通して、
世界と関係を結んでいるのかもしれない。


