子供達と孫が宝物 -3ページ目

子供達と孫が宝物

子供達と孫が
宝物


 今日私は、此処の施設を出ます。

 昨年の7月に、此処へ入居し、やっと穏やかに
 何年か振りに笑えて…。
 束の間の安らぎにホッとした。

 でも、それは本当に、束の間の安らぎでしか
 なかった。

 食事。
 豪華で、量も多いと聞いて楽しみにしていた。
 一人で住んでいた時は、毎日同じ、鍋もどき…。
 具も粗末な物で、見た目も牛の餌?みたいな物。

 でも、此処での食事は、私にはきつかった。
 毎回、肉と魚。
 揚げ物、脂物、サラダも煮物も全く出ない。

 他の人は、喜んでるだろう、一人前を食べて。
 私は、毎晩、胃薬と、消化の為に
 廊下を隅から隅まで歩いていた。

 相談の上、暫くの間、自分で用意した物を
 食べることに。

 まな板も包丁も無いし、お金も無い。
 やっぱり、毎日毎日同じ物ばかり。

 皆の食事を横目で見て、食べたい気持ちを
 抑えていた。


 食事だけでは無く、人間関係も難しかった。
 元々、人間関係で苦労してきたから、
 此処でもか…と。

 精神的に患っている人は、放っておかれ、
 身体的、知能的に補助が必要な人ばかりが 
 気にかけてもらっていた。

 私は、その中でも、一番手のかからない?
 存在だし、迷惑、問題ばかりかけてきた私は
 何の援助も無く、身内にも見放されたようで
 一人耐えていた。
 毎日毎日、泣く日々に戻ってしまった。

 私の居場所は、此処にも、何処にも無い。
 此処を出ても、帰る場所も無いし…。
 身内と縁を切ると決めて出て来たし…、
 今更、何も言えない。

 受験生の息子には、一切連絡を取らない約束で
 娘と妹に、間に入ってもらっていたけど。
 私が言った言葉で、2人とも絶縁になり、
 もう、二度と許してはくれない。

 此処でも、安らげない。
 私が穏やかに過ごせる場所は、何処にも無い。

 一日も早く、此処を出たかった。
 でも、息子の受験が終わるまでは、
 我慢するしかなかった。

 無事に、息子は一番の志望校に合格し、
 住む場所も決まり、やっと自分の事を考えられる
 ようになって、内見したアパートに
 入居することになった。

 立地は良いけど、やはり、貯金も無い、
 ましてや、障害者で保証人の要らない物件は少なく
 覚悟はしていたけど、余りにも惨めな家。
 でも、仕方ない。

 何とか、暫くは此処で頑張るしかない。

 此処へ入居する時も、昔のことを忘れたくて
 色々と処分してきた。

 又、此処での事も忘れて、一からやり直したい。
 本当に、少しでも幸せを感じたい。

 海の近くに住む…という、唯一の夢が実現する
 第一歩と思い、頑張る‼️

 本当の意味で、今までと違う毎日を
 過ごしていきたい!