第一話を振り返る | 紫陽花の咲く頃に

紫陽花の咲く頃に

a la carte な毎日を書いています。      ** start 2010.10 **



信じられないかも知れないが、

本当に幼少期からの記憶がとても鮮明で

最近の出来事は夢を見た後のようにすぐに忘れる事も多々ある。


当時、従兄の家は祖母の家とも近く、とにかくよく行かされた。

第一話では書いていない余談がある・・・

私の右足には今でもケロイド状の火傷がある。

その火傷をしたのが2歳の頃。

当時従兄の家でその時では珍しかったポットを購入。

物珍しかった慶子は、ポットのお湯が出るボタンを押す。

その時沸きたてのお湯が勢いよく、慶子の右足の膝全部を直撃。


昔は暖房がしっかりしていなかった事もあり、タイツを穿いていた右足は一気に熱湯をかぶった。

それに驚いた伯母(慶子とは血縁関係あり)はタイツを一気に剥がす。


「ギャーッ」と言う悲鳴は不思議と無かったらしい。


それよりも慶子が連呼して言っていたのは‥

伯父(慶子とは血縁関係なし)に対して


「伯父さん。ごめんなさい。ごめんなさい。」

‥の繰り返し。


実際お湯をかぶった記憶があるがその言葉は覚えていなかった。

これはその従兄の家に居た妹が

大人になってから教えてくれた言葉だった。

多分子供ながらに居場所を確保するのに

必死になっていたんだと思う。

従兄からの虐待から逃げられなかったのも同様だ。

実はこの火傷をおってからしばらくしてこんな事があった。

当時学校で写真クラブに入部していた従兄は

慶子にこんな注文をした。

従兄「慶子の裸の写真を撮らせろ」

泣きながら拒否すると、従兄の妹が

妹「あそこは手で隠すんだもん。大丈夫だよ。足の傷の記念にもなるし」

この妹には何も逆らえなかった。

小さな頃から慶子のオムツを洗ってくれたり‥

ご飯を食べさせてくれたり‥

子供ながらにとても慕っていたからだ。



渋々裸になって写真を撮る。



右足にはグルグルと巻かれた包帯。

ニヤっと笑った2人の顔。


これほどの侮辱は今でも味わった事はない。



でも・・・生きる為には従う以外の選択肢はこの時思いつかなかった。

すがる為になんでもした。

慶子の心が壊れ始めた瞬間だった。

人間が嫌いなのもこの頃の後遺症だと思っている。



そう言えば・・・この間久し振りにパチンコのCMでタイガーマスクをみた。

小さい頃から大切にしていたタイガーマスクの人形。

いつか助けてくれると思っていつも抱いて肌身離さず持っていた。

でも結局は人形のまま。

子供ながらに助けてくれないのが残念で残念で仕方なかったのを思い出した。

原因が分からず嘔吐して、酷い時はヒキツケを起こす。

それを優しく見守ってくれたのが

タイガーマスクだったのを今でも思い出す。