最初はシューベルト《ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959》。
40分近い大曲と聞いていたので長く感じるかと思ったが、実際には意外に短く感じた。ウィリアム・ヨンが弾いたベーゼンドルファーは、響きには丸みがある一方、音の作り方はかなり硬質。そして何より重心が低い。低音から音楽全体を組み立てているように聞こえた。
特に印象に残ったのは第4楽章。軽快なリズムに乗って旋律が流れ、そこにはシューベルトの歌曲を思わせる「歌」があった。大きなソナタの終楽章なのに重々しくならず、この流れの良さが全曲を短く感じさせたのかもしれない。
続いてブラームス《チェロ・ソナタ第1番 ホ短調 Op.38》。
笹沼樹のチェロをこれほど前面に出た形で聴くのは初めてだった。まず驚いたのが、音が前へ飛んでくること。低音には、ときに「唸る」と言いたくなるような力がある。
オーケストラのチェロ・セクションとして聴く音とはかなり違う。一挺のチェロがこれだけ強い音像を作ること自体が発見だった。ヨンの重心の低いピアノとも相性がよく、二つの楽器が低いところから音楽を作っていた。
そして後半はシューベルト《ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 D929》。ここで毛利文香が加わった。
まず分かったのは、毛利のヴァイオリンは音量が大きいということ。笹沼のよく飛ぶチェロとベーゼンドルファーを相手にしても存在感が薄れない。しかし印象に残ったのは音量だけではなかった。強い音一辺倒ではなく、さまざまな音色が散りばめられていた。
そして三重奏になって面白かったのが、毛利と笹沼の関係。
今日のD929は、私には「ヴァイオリンとチェロのバトル」のように聞こえた。
時には二人が激しくぶつかる。互いに譲らず、それぞれの楽器が前へ出てくる。ところが次の瞬間には二つの音が美しく調和する。毛利は笹沼と弓の動きまで合わせているように見え、二人の呼吸がぴたりと一致していた。
その二人を支えていたのがヨンのピアノだった。前半のD959では主役だったピアノが、三重奏では役割を変える。低い重心を保ちながら、ヴァイオリンとチェロの対話や衝突を下から支える。
したがって今日の演奏会は、単に「毛利文香を聴きに行った」というより、結果としてピアノ、チェロ、ヴァイオリンそれぞれの音の出方と、三つの楽器が室内楽になる瞬間を聴いた演奏会だったと思います。
最後のアンコールは、写真にあるとおりベートーヴェン《ピアノ三重奏曲第4番 変ロ長調 Op.11「街の歌」》から第2楽章 Adagio。
シューベルトD929で三人が激しく交錯した後、最後はベートーヴェンのAdagio。静かな音楽で三人の呼吸そのものを聴かせて終える。これは本編とはまた違った締め方でした。