As the years go passing by | Kei Funkdom

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2005年だぜ......



1月1日(土)


 明け方、点けっぱなしだったテレビの音に叩き起こされた。妹から賀正のメールが来いていた。電話して、14日頃に顔を出すと言っておく。桐生では雪が積もったそうだ。ジニーとティナに賀正のメールを出す。二人ともまだ眠っているのだろう。3時間後にジニーから俺の予想通りの賀正メールが返って来た。


 もっと前に「赤と黒」を読んでおけば良かったと思う。「日はまた昇る」もそうだ。そうすれば、もっと彼女の前で上手く振舞うことが出来たのに。古典文学から学ぶ事は多い。


 「赤と黒」を読み終えてしまいそうだったので、次に読む本を買いに出た。雪が溶けていない路面に注意して自転車を走らせる。西友の本屋で、ゾラの「ナナ」とヘミングウェイの「誰がために鐘が鳴る」を買って、無事に帰宅する。それにしても俺は何故、19世紀の古典を読んでいなかったのだろう?思い返してみると、8歳のときに「ベニスの商人」を読んでいたのに!


「ナナ」を読み始める。



1月2日(日)


 10時頃に起きて、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」のアナログが聴きたくなり、立川まで出かけたが、珍屋は休みだった。CDだったらすぐ手に入るのに、頑固者はこういう時に損をする。


 仕方なく、酒を買足し、駅ビルの書店で「デヴィッド・コッパーフィールド」を3巻まで買って帰った。アンチョビパスタをつまみにチンザノを飲みながら再び「ナナ」を読み耽る。午前3時に読了。


「赤と黒」も凄かったが、「ナナ」もそれ以上に強烈な作品だった。


 今日は高梨がおせち料理を持って、やって来るはずだったが、彼女を送って疲れたのか、予想通り来なかった。相変わらずの気まぐれだ。


 


1月3日(月)


「デイヴィッド・コパフィールド」を読んでいると、明正から電話があり、「そっちに行っても良いか」と訊くので、「良いよ」と答えて電話を切ると、今度は高梨が電話をしてきて、おせち料理とワインを持って来てくれた。2人で四方山話をしていると、明正から、今日は止めておくというメールが来た。


 高梨は彼女が実家にやって来たことを話した。奴は相変わらず酒が弱い。ワインとチンザノ少しでソファに伸びてしまった。デモデダイナーでコーヒーを飲んで、初詣に行こうとしたが、神社の場所が分からなくて、マルフジで食料を買い、部屋まで送ってもらった。おせちの残りを食べ、朝まで「デイヴィッド・コパフィールド」を読む。


 1月4日(火)


「デイヴィッド・コパフィールド」の4巻を探して、市内の書店を回るが、やはりどこにも無いので、仕方なく立川まで行った。オリオン書房でようやく目当ての4巻を手にすることが出来た。ついでに珍屋に行って、デヴィッド・ボウイのスペース・オディティのLPを1300円で買う。



北風が吹きつのるなか、部屋に辿り着き、食事の支度をした。ターンテーブルにはボウイのスペース・オディティ。このレコードには何故か愛着がある。


 買い置きの牛肉を焼き、ライスに盛り付け、レトルトのフカヒレスープと一緒に食べた。腹がくちくなったので、酒を飲む気がしない。再び「デイヴィッド・コパフィールド」を読み継ぐ。朝方まで読み耽り、3巻の中盤まで読み、眠る。


 翻訳者の解説どおり、ディケンズの小説は、浪花節だが、作中人物をめぐって、作者と読者が一緒になって、笑ったり、泣いたりできるこんな小説を、書いてみたいと思わせる普遍性がある。


 1月5日(水)


 昼前に起きて、コーヒーとソーセージ&エッグの朝食を摂り、シャワーを浴びて目を覚ましてから、再び「デイヴィッド・コパフィールド」を読み耽り、13時過ぎにとうとう読み終えてしまった。


 素晴らしい!本当に出会えて良かった本だった。文庫の解説者と筒井康隆さんの言う通り、手放しで絶賛出来るのは、3巻までかもしれないが、俺が一番感動したのは4巻だった。


 天上のディケンズには、大変僭越だが、俺はディケンズに背中を押されたような気になった。俺の周りにも、ドーラやアグネス、ベッツイ伯母さん、ドラドルズ、ミコーバ、ユーライア・ヒープ、ペゴティー、スペンロー氏のような人たちがいるのだ。


 この小説のBGMにはキンクスがぴったりだ。レイ・デイヴィスはロック界のディケンズなのだなと思った。