GOLDEN CUPS ONE MORE TIME | Kei Funkdom

Kei Funkdom

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2004年だぜ.........







10月26日(火)


 11時頃に起き出し、コーヒーを母に供え、俺も蜂蜜を入れて飲んだ。プリンスもコーヒーに蜂蜜党らしい。喉に良いのだろう。



 外は雨だ。ゴールデン・カップスの映画試写会なのに、残念だ。



 仕事の残りを済ませ、14時頃にコンビニに行き、妹の口座に2万円を振り込む。ついでに家賃のぶんのお金を引き出し、1階の管理事務所へ行き、管理人さんに5万2千円を支払う。



 雨は降り止まない。17時過ぎに傘を持ち、牛浜駅に向かう。銀座には18時45分に着いた。何度も来ているのに、俺は銀座の地理に不案内だ。映画館の地図をプリントアウトして持ってきたのに、さっそく迷ってしまった。



 ショッピングモールの1階にあったお菓子屋の店員さんに場所を訊ね、親切に教えて戴き、事なきを得た。銀座プラゼール、マリオンの隣だ。エレベーターに乗り、5階に出ると、既に大勢の人々が、映画館のロビーに集っていた。受付に行き、受付嬢に招待ハガキを差し出しながら、「煙草を吸える場所はありますか?」と訊ね、ロビーにある喫煙場を教わり、ラークマイルドに火を点けて、煙を吸い込んだ。ロビーに屯っている人々を見渡す。業界人らしき人が多い。喫煙場の所に着物を着た銀座のママさん風の女性が関係者と何か喋っている。若い人も多いようだ。映写場の壁に加部さんが、アーサー・リーの真似をして、火の点いた煙草を耳に入れ、口から煙を吐いているモノクロ写真の大きなポスターが飾られていた。「あのポスター欲しいな」と思った。


 トイレで小用を済ませ、好きな席に座って良い様なので、舞台から見て右側の4列目に座った。舞台までの距離、約5メートル。ここからなら、カップスのメンバーの表情はばっちり確認できるが、スクリーンに近いので、映画が始まったら、首が疲れそうだ。スピーカーからは来月発売のカップスの新しいベストCDが流れている。



 隣に若い女の子二人連れが座った。化粧の匂いが鼻を突く。ポップコーンとドリンクの紙トレイを膝に載せている。俺は空腹だったが、これからカップスが目の前に現れるので、とても飲み食い出来る気分ではなかった。


 トイレにもう一度行こうかと迷っていると、間もなく始まりますとの場内アナウンスがあったので、行かなかった。19時半を過ぎ、舞台の左手から、モト冬樹がマイクを持って現れ、「本日司会を務めます」と挨拶し、こちらの方を見て、「今日は結構若い方もいらしていますね」と言った。冬樹氏は、自分も元はGSの出であったが、カップスはやはり、特別な存在であったと話し、続いてデイヴ平尾との交友録で笑いを取った後で、「本日の主役である、ゴールデン・カップスのメンバーの皆さんをご紹介します。では、年齢の若い順から」と言い、ミッキー吉野、マモル・マヌーを1人づつ紹介し、舞台に招いた。次は加部さんの番だ。名前を呼ばれた加部さんは静かに姿を現し、ゆっくりと舞台に上った。続いてエディ藩、缶ビールを片手に持ったリーダー、デイヴ平尾が登場した。栄光のゴールデン・カップスが揃った。俺から見て、右からマモル・マヌー、エディ藩、中央にデイヴ平尾、ルイズルイス加部、ミッキー吉野という並び方だった。5人の佇まいや装いは、見事にバラバラだったが、それがいかにもカップスらしかった。百戦錬磨のツワモノ達は一様に気だるくリラックスした雰囲気を醸し出していた。



 加部さんの服装は、グレイの丸首シャツの上に砂色の長いウール・ベスト。パンツは、テクノの人が好きな黒いシャカパンで、足元は茶色いカジュアルな革靴できめていた。エスニックな柄のゆったりとしたニットキャップがグレイの顎鬚と良く似合っている。とても55歳には見えない。痩身で、夢見るような目をした、俺のイメージ通りの加部さんだったので感動した。白いスポットライトがスクリーンに照射されているのを見て取った加部さんが、右手でスクリーンに向けて、狐の影絵を作り、ミッキー吉野に笑いかけた。茶目っ気があって、やる事の全てが絵になる人だ。



 他のメンバーの出で立ちは、マモルがブルーのタンガリーシャツにジーンズ、野球帽、エディは黒地に花柄をあしらったシャツにブラックジーンズ、デイヴは、エディと似た黒いシャツに黒いスゥィングトップにブルージーンズ、ミッキーは紫色のシャツに黒いカジュアルなジャケットに、同色のスリムなパンツ、そして鍔の大きなソフト帽。



 ビールを聞こし召して顔を赤くしているデイヴ平尾が挨拶した。



「えらく時間がかかりましたが、映画がようやく完成しました!みなさん、存分に楽しんでいってください。この映画は日本で初めてのバンドとしてのドキュメンタリー映画です、音楽の歴史に残る作品になります」



 モト冬樹が、マモル・マヌーから順番にコメントを求めた。マモルは「風邪で1週間寝込んでいまして、さっき起きたばかりです」と言った。エディ藩は、「とにかく、この映画の音のクオリティは素晴らしい、今日は僕等も楽しみにしていました」と熱く語り、加部さんは腰をかがめ、ペコリと一礼しながら、「お寒い中、良く来て下さいましたという事で」と挨拶し、恥ずかしそうに後ろに身を反らした。そのシャイな喋り方や仕草が俺の持つ加部さんのイメージ通りだった。加部さんの丁寧な挨拶に対して、デイヴがえらく大人になったね」とからかった。ミッキー吉野は、今回の再結成のリハーサルについて話し、「昔はみんな時間にルーズだったのに、今回は僕が1番遅刻をしてしまった」と笑った。



 俺はずっと身を乗り出して、加部さんを凝視していた。2度ほど加部さんが俺の方を見てくれた。



 モト冬樹がデイヴに音楽的質問をすると、「そういうのは、ミッキーに訊いてくれ」と言い、ミッキーがそれに答えていた。「とにかく、この映画の再結成ライヴでの音のクオリティは素晴らしいです」



 メンバーへの質問コーナーが終わり、報道関係者の写真撮影になった。カメラマンが数人最前列に現れフラッシュを焚いた。テレビ局のカメラも2社ほど来ていた。テレビ朝日とフジテレビ。写真を撮られながら、デイヴが「最近はこういうのが多いけど、35年前は殆ど毎日こうだったな」と言った。写真撮影が終わり、再びデイヴがマイクを取り、観客に向けて謝意を述べた。モト冬樹がメンバーの退場を告げ、5人は左の舞台袖に去って行った。冬樹氏は「大先輩のみなさんなので、緊張して、また髪が10本程抜けました」と再び笑いを取り、「では間も無く映画が始まります」と言い、退場すると、場内が暗転して、映画が始まった。


 この映画は、前半がサイドAと題され、1966年のゴールデン・カップス生誕から1972年の解散までをケネス伊東を除く歴代全メンバーが当時の状況やメンバーのパーソナリティ、楽屋話などを語っている。また、当時ライバルだった他のGSメンバーや本牧R&Bシーンの盟友達、カップスを支持した暴走族の元メンバー、カップスの熱烈なファンだったという、土屋昌巳、矢野顕子、北野武等のインタビューもフィーチャーされていた。





 個人的には、土屋昌巳のインタビューが特に印象深かった。また、スクリーンを見ながら、60年代横浜本牧の排他的で退廃的な特異性を今の福生とダブらせていた。当時はベトナム戦争で米兵は荒れていたが、今はイラク戦争で福生の米兵は荒れている。当時の本牧のクラブや酒場の写真がスライドで次々に登場した。ファッションや時代背景に違いこそあれ、本質的には今の福生とそう変わりは無いのかもしれないなと思った。暴走族のメンバーが語った、酒場のカウンターで米兵がセックスをしていた話で、当然俺は赤線のBBを想起した。あそこではさすがに本番はやらないが。



 当時カップスの周辺にいた人達の談話も興味深かったが、やはり各メンバーがリレー方式で語るメンバーへの思い入れたっぷりのコメントが良かった。特に印象に残ったのは、ミッキーが、マモルのドラムの才能を高く評価していた事と、ケネス伊東に対する各メンバーの思いだった。



 個人的に最も衝撃的だったシーンは、1968年のテレビショウでの「アイム・ソー・グラッド」の生演奏だった。テレキャスターを流麗にプレイするエディ藩もカッコよかったが、あの有名なロケットベースをブンブン唸らせる加部さんの佇まいには犯られてしまった。まるで元気な頃のシド・バレットみたいだった。こんなヤバい映像がテレビから流れていたのかと思うと、嬉しくなった。それにしても、当時の加部さんは本当にカッコいい。


 サイドBは昨年横浜で行われた再結成ライブの映像だった。まるでラストワルツのように美しい映像とクリアで奥行きのあるサウンドは臨場感満点で、往年の名曲を次々と繰り出すカップスのパワーに魅了されてしまった。



 加部さんのクールなベース・ランニングを繰り出す綺麗な指に見惚れ、ミッキーの華麗なキーボード捌きに唸り、エディの艶のあるブルース・ギターに酔い、マモルが歌う「過ぎ去りし恋」に聞き惚れ、デイヴの底力を見せつけた「ホールド・オン」に圧倒され、ブッチズ・チューンと題された、ゼムの「グローリア」の観客と一体となった熱演に興奮し、ソウルフルなグルーヴを聴かせるラストの「ワン・モア・タイム」まであっという間だった。カップス再結成ライブに駆けつけた往年のファンや若い人達の様子も感動的だった。



 エンディングに「青い影」が流れ、タイトルスクリーンが終わり、場内が明るくなった。



 場内アナウンスが映画の本公開の日時とCDの発売を告げている中、俺は立ち上がり、出口に向かった。


 出口に向かう人の流れに従って、開いているドアに近づくと、エディ藩がこちらを覗き込みながら、歩いて行った。ロビーに出て、エディを目で追うと、彼はトイレに入って行った。俺が目を正面に戻すと、そこには、なんと、加部さんがいた。その距離僅か2メートル。これは行くしかない。



 俺は磁力に引き寄せられるように、加部さんに近づき、「加部さん」と声をかけた。うわー、加部さんが目の前にいる!あの加部さんが!加部さんは俺の服装を一瞥してから俺の目を見て、「よぉー」と言ってくれた。前列にいた俺の顔を覚えてくれたらしい。俺は天にも昇るような気持ちになり、かろうじて「凄く、良かったです」と告げた。加部さんの身長は180センチくらいだと思っていたが、間近で見ると、175センチの俺とそう変わらない背丈だった。猫背気味だったからそう見えたのかもしれないが。



 加部さんは俺を見ながら、頷いてくれた。嬉しくなった俺は恐れ多くも、加部さんに顔を近付けて「加部さん、握手して下さい!」と言った。



 加部さんは気さくに手を差し出し、俺の手をしっかりと握ってくれた。俺も握り返す。大きくて、力強く、繊細な手だった。頭の中が真っ白になってしまった。加部さんはニッコリと微笑んでくれた。ブルーグレイの吸い込まれそうな瞳が俺を見ている。



 俺は現実感を失いそうになった。俺が女だったら失神しているところだ。


「凄く、嬉しいです。どうもありがとうございました」と俺はやっとの事でお礼を言って、加部さんから離れた。



 トイレに行こうとすると、関係者がルー大柴を撮影しようとしていて、俺は歩を止めた。


 俺は、加部さんの放つオーラに包まれて、ボーッとしたまま、小用を済ませ、外に出ようとした。加部さんはまだ、さっきの場所にいるようだった。俺のヒーローがイメージ通りの優しい人だったので、嬉しくて仕方が無かった。加部さんの醸し出す雰囲気は、穏やかで温かく、出来る事なら、ずっとお話していたかったが、長年憧れていた人を目の当たりにすると、言葉なんて出て来なくなる事が分かった。加部さんが俺を見て、微笑んでくれただけで充分だ。


 俺が加部さんを知ったのは15歳の頃だった。図書館で借りた鈴木いずみの「ハートに火をつけて!だれが消す」にジョエルという仮名で登場する伝説のベーシストが加部さんだったのだ。鈴木いずみの実体験を書いたと思われるその連作小説を読み耽り、いずみが好きになった加部さんを、俺も好きになった。ハーフの美少年、天才的なベースプレイ、エキセントリックだが、あくまでも優しい性格、といずみが綴る加部さんのイメージが心に残った。雑誌や本のグラビアに載っていた加部さんのルックスは、いずみの瑞々しい文章に表現されている通りの凛々しい美少年で、俺はますます、加部さんに夢中になった。だが、既にカップスのレコードは廃盤になっていたので、加部さんの音を聴くことは出来なかった。俺のたくさんのヒーローと同様に、加部さんも、俺はイメージ先行でファンになった。



 当時、日劇の閉館に伴い、嘗てウエスタンカーニバルを賑わした多くのGSが特別に再結成してスペシャルライブを催した。その模様を俺は偶然テレビで目撃したのだが、そこに現れた加部さんはルーズな装いで、髭を生やし、「曲を知らないので、適当にやらしていただきます」とかったるそうにインタビューに答えていた。

演奏のシーンでは、ベースを低く構え、カッコよくプレイしていたのを覚えている。



 俺の心の中には、いつでも加部正義という人がいた。写真を見たり、インタビューを読んだり、小説のモデルとなって登場する加部さんを追いかけていた。ゴールデン・カップスやスピードグルー&シンキのアルバムも聴いた。ただ、俺はあくまでミーハーファンなので、全てのアルバムを集めようとはしなかった。俺は主に、加部さんのルックスとイメージを追いかけていたのだ。長い事音楽を聴いてきているので、俺にはヒーロー、ヒロインがたくさんいるが、日本のアーティストでここまでミーハーになれるのは加部さんしかいない。


 感動の余韻に浸りながら、地下鉄に乗って荻窪BCLに寄ってしまった。店内にはカツミくんをはじめ、5人の出演者がいて、今年の夏に新宿のバーで行ったイベントを記録したビデオを見ていた。思いがけない俺の来店に、カツミくんは驚き、「今日はどうしたんですか?」と訊いてきた。リーさんとママさんに挨拶して、ママさんにカップスのリーフレットを示すと、「そうか、これの帰りなのね」と納得した。俺が加部さんに握手して貰ったことを告げると、ママさんは羨ましそうだった。彼女はモップスのドラマーの追っかけをしていたそうだ。



 皆さんはイベントのビデオを見て、楽しそうだ。リーさんは画面上で喋っている自分の姿を見て「俺、喋りすぎだな、恥ずかしいや」と言った。



 明日はリーさんの誕生日イベントなのだが、俺は来られないかもしれないとリーさんに言うと、レコード10枚くらい持って、来てよ」と言われた。レッドマン氏が「明日は来るのですか?この前のDJはツボにはまりましたよ」と言ってくれたので、お礼を言った。



 カツミくんに「今度はキンクスをやろうよ」と言うと、「いいですね」と快諾してくれた。リーさんの話の途中で、ママさんに話しかけたら、「俺の話を聞けい」と怒られた。リーさんは出来上がっていて、饒舌になっている。俺は終電の時間に合わせてお暇した。