10月2日(木)
仕事帰りに『kikujyu』へ行ってみると、店内には誰もおらず、「あれっ」と思っていると、程無くして奥のキッチンからヒロミさんが現れ、二言三言、言葉を交わしていると、ドアが開き、壮年夫婦のお客さんがやって来て、飲み物を作ったり、レコードを選んだり、占いを始めたりで、ヒロミさん大忙し。
ヒロミさんが接客の合間を縫って、お土産のシガーを手渡してくれて、嬉しくなった俺は、昨日買った『風と共に去りぬ』のサウンドトラックを部屋に取りに帰った。
壮年夫婦が帰った後、ヒロミさんと戦前のノスタルジックな映画音楽を聴きながら、お喋りしているうちに閉店時間となり、ヒロミさんにお礼を言って、『kikujyu』を出て、隣りの『アマゾン』を覗いてみると、手前の鉄板前の席で、豚玉お好み焼きに箸を入れていたミッちゃんがいたので、俺も店主のフミオさんに豚玉お好みを頼んで、ウーロンハイを飲みながら、なんだかんだと話していると、Mさんもやって来て、3人で楽しく飲み、0時半頃に解散となった。
10月3日(金)
『kikujyu』に看板までいて、その後、Ayaちゃんを連れて、ナゴムくんが週末バーテンダーを務めるハワイアンレストランの『zago』へ行ってみると、2階のバーフロアーで基地の人たちがパーティーを開いていて、その大人数の客入りに、ちょっとびっくり。人波を掻き分けて、カウンターに辿り着いてみると、ナゴムくんは、俺とAyaちゃんに気付かず、一心不乱に酒を作っていて、しばらくしてから「よお」と声をかけると、仰け反って驚いていた。
若いスキンヘッドのブラザーが、DJブースに陣取り、この店では珍しいHIP-HOPビートがフロアーを満たし、
数十人のヤング・アメリカンたちが陽気に酔っ払い、酒のお代わりを求めてバーカウンターに詰め掛け、ナゴムくんは、キビキビと立ち働いていたが、多勢に無勢ということで、この日は珍しく、階下のレストランの若いスタッフたちがカウンターに入って、ナゴムくんと交代し、ようやく一息つくことが出来たナゴムくんは、美味そうにハイライトを吹かした。
ラッシュアワーが終わった頃に来た、ミッちゃん、Mさんが、店内の様子に目を回していると、『チキンシャック』でライヴを終えたオレンジマンタのメンバー全員が、踊るような足取りで現れ、嬉しくなった俺は、「あっ、オレンジマンタだ!」と言って、ヴォーカルのJyuriちゃんと握手。オレンジマンタ・ファンのAyaちゃんも嬉しそうで、彼女の隣りに座ったギターのミヤくんと話を始めた。ミヤくんは、外道の加納秀人さんの一番若い弟子だそうで、「好きなアーティストはジェフ・ベックとブライアン・イーノです」と言った。
フロアーは、宴たけなわで、ブラザーズ&シスターズが、グラス片手に大いに飲んでは食べて、お喋りに興じていて、その様子を眺めていたMさんが、「今日は、いっぱいアメリカの女の子たちがいるけど、この中では、Ayaちゃんが一番かわいいわよね」と呟いた。
午前2時近くになり、Ayaちゃんとミヤくんが、連絡先を交換し合おうとしていると、Ayaちゃんの隣りにいた、ベースマンのマツウラくんが、ここぞとばかりに携帯を取り出し、「俺も、俺にも教えて!」と叫けび、美少女Ayaちゃんを巡って、恋の鞘当てが始まり、俺は大笑い。3人は無事に連絡先を交換し終えたようだった。
程無くして、Ayaちゃん、ミッちゃん、Mさんは帰って行き、パーティーも終わって、基地の人たちも一斉に去り、俺とナゴムくんとオレンジマンタの皆は『アマゾン』へ流れることとなった。
手早く店を閉め、猛スピードで自転車を駆って、下りの坂道に消えて行くナゴムくんの背を追いながら、ほろ酔いの足取りで夜のしじまを歩いていると、マツウラくんが歓声をあげた。
「やった!Ayaちゃんから、メールの返事が来た!デートに誘ったら、『私で良ければ....』だって!」
さすがベースマン、やることが早い。傍らで悔しがるストイックなギタリストのミヤくんは、「チクショー!俺だって、好きなんだぞ」とごちている。そんな男たちを呆れたように見ていたJyuriちゃんが、「おまえら、うるさい!Ayaちゃんは、オレンジマンタのファンで......ということは、あの子は私のファンなんだぞ!」と一喝して、俺はまた大笑い。
午前3時の『アマゾン』は、いつもの人たちが詰め掛けていて、フミオさんは、注文に追われて大あらわ。それから皆で楽しく飲んで、朝を迎えた。
10月4日(土)
昨夜とは打って変わって、今夜の『zago』は静かで、ウーロンハイを飲みながら、ナゴムくんとショーケンの話をしていると、キッシーが現れて、3人でビールを飲み、タジ・マハールがドブロを弾きながら歌う、『Sweet home Chicago』を口ずさみ、酔った様子のキッシーが帰って行くと、ナゴムくんが「今日はもう終わりにしょうか?コダマさん、どっか行くかい?」と言い、2人で自転車を駆って『チキンシャック』へ行くことになった。
ライヴが跳ねた後の、バーカウンターにモリくんとオクミさんがいて、ほろ酔いのオクミさんが、「久しぶり!さっきクミさんに占ってもらったのよ」と言うので、俺もクミさんに占ってもらうことにした。
カバラ占い師のクミさんは、マジックペンを取り出して、俺の右隣りのスツールに腰掛け、ナプキンに俺の生年月日を書き付けて、誕生数を割り出し始めた。俺の誕生数はナンバー8だった。
しばらく紙を見詰めていたクミさんは、俺に向き直り、「コダマくんは、.......ね」と言った。この一言目のクミさんの言葉がどうしても思い出せない。
「それは、極端っていうことですか?」
「そうね、感情の振り幅が大きいってことかしらね。人と上手くやって行くことはできるけど、『それで、コダマくん、本当の所はどうなの?』って、問い詰めらると、自分の奥にある本音は、なかなか明かさないのよね......何でも自分独りで、器用にこなしてしまうから、物事を人に任せられないのよね......この生まれは、クリエイティヴなことをやった方が良い......ほら、生年月日に1が3つもあるでしょ?こういう人は、アーティスティックな資質を備えているのよ。でも、今は、自分に自信が持てないでいるのよね?でも、これだけ非凡な才能を持っているのなら、何か表現して、形に残さないと駄目よ、もったいないわよ......仕事は独りでやることの方が良い......社長タイプって訳じゃないけど、どう考えても、フリーでやって行く人よね......それで、コダマくんには参謀的存在が必要なようね。あなたの傍らにいて、支えてくれて、あなたを上げてくれるパートナー的な人が要るのよ......」
クミさんは、ふいに言葉を切り、うつむいて紙を検分してから、再び俺に向き直り、「コダマくんは、45歳まで遊んでいて、大丈夫よ!」とのたまった。それで占いはお終い。
「クミさん、一番最初に、何て言いましたっけ?」
「『支配』の星ってことよ」
そう言い残し、クミさんは席を立って、カウンターに戻り、酒を作り始めた。