満月のスープ 20190220 二番目の扉 | 風のたまごを見つけた   

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この惑星はなんて不思議!

 

 

 

 

Voices from Fullmoon of February

 

 

 

さややかに
 

あらわれる
 

日の光
 

 

氷は溶けて
 

流れゆき
 

あなたという
 

ゼロポイントに
 

たどりつく

 

 

あなたの
 

芯の
 

花の香り
 

 

見ること
 

やさしい声
 

素直な行ない

始まりの場所


 

きれいな水のことば

さややかさりあ


 

巡りゆく

 

 

 

 

 

 

 

 
満月のスープ 第二章 

 太陽のおさら


 

 

おばあちゃんの家のキッチンは

土間にあった。 

窓から満月が見える

小さな台所に今も香る

幾種ものハーブとお茶の香り

満月の日は

ここに来てお湯をわかし

こころを開いて

なくなったおばあちゃんの

光のスープを 

静かに、飲んでみるのです。

 

レイラ

 

 

二番目の扉       the second door



 

 

 

ドアを開けたとたん、懐かしい匂いがして
レイラはすうっと息を吸い込んだ。
子どもの頃、絵本の紙の匂いを嗅いだ時のように。


そこは、天井が高くて薄暗い、ちいさな記念館みたいな空間だった。
中央に大きな木製テーブルがある。
奥の窓から入る陽射しが、空気中の塵を反射して
テーブルまで届く光の道を浮かび上がらせていた。
 

片側の壁には背の高い書棚。上段の本を取る脚立と、

ランダムに置かれた、形の不揃いな小さなソファ。
陰気ではないけれど、カフェにしては今風の華やかさがないと
レイラは思った。
 

「誰?」

女の子の高い声がした。小鳥みたいなとても高い声。


光を背に、細いシルエットの子が近づいてきた。
床は、鈍い光沢のタイルが貼ってあって、
その子のスニーカーが、きゅっきゅっと音を立てる。

「今日は、お休みの日よ」

紺のコーデュロイの上着を着た、
顎までのショートボブの女の子。
すごく色白で、痩せている。

レイラは挨拶しようと、笑顔を作ったが
すぐに後悔した。
その子の大きな瞳が、レイラの笑顔を
冷たく跳ね返したからだ。

レイラは尋ねた。
「あなたは?」

「お留守番」
と、素っ気なく答えながら、
その子の目が、レイラの背後に気づいて和らいだ。


「おお、扉の絵の、おじょうちゃん?」
振り向くと、おじさんが大きな紙袋を抱えて目を見開いていた。

「わ、、すみません!突然、、」
失敗!やっぱり連絡して来ればよかった。
礼儀知らずと思われる。


「あの、、今日は、、たまたま近くに、、、」
 

おじさんは言い訳には耳をかさず、厚手のコートを脱ぐと、

よいしょ、と紙袋を抱え直して、
そのままテーブルに直行し、紙袋を置いた。
そして、入って入ってと、レイラに手招きした。
瞳の奧がやさしそうに光って、レイラは少しほっとした。
 

おじさんの着ている、茶色のウールテーラーが

部屋の温度を、少し上げてくれる気がする。


「よくたどり着いたねえ」

手際よく買い物を仕分けながら、
おじさんは、何度も感心した。



確かに、猫の置物を見過ごしていたら
あんなに細くて、木の生い茂った路地をわざわざ入ろうとは思わなかったろう。
隠れ家とは、こういう立地をいうのだとレイラは思った。

「ここは、よく有名なアーチストが来るの。内緒で」

女の子は、光沢のある黒髪を指でいじりながら、そう言うと、
レイラを値踏みするみたいに、ジロリと見た。そして
小走りで隅のソファに戻り、読みかけの本に目を落とした。


おじさんは、今はちょっと違うと訂正した。
 

「海外からの芸術家が集うのは、ごくたまでね。
いまは結構遠くから、常連が来るんだよ。
山が借景になってね。

出すのは、パンとコーヒーくらいだが、、
サードプレイスっていうのが流行ってるけど

あれは結構落ち着かないらしいね。
ここだと、ほら、こんな風だから、何時間だって、ね」

カフェと名付けてはいるが、
ここはおじさんの先祖の家屋で、看板は出していない。
週の半分ほどを常連向けにに解放しているのだという。

 

でも、この空間が、ただのサードプレイスだとは何となく思えない。

 


レイラは、窓を見た。
すぐ目の前になだらかな丘陵。その向こうに冬枯れた狐色の山頂が見える。

ドアを開けた時の香りが、もう一度鼻をくすぐって

レイラの記憶がつながった。
スクラップブックを見つけた部屋の匂い。
ここに香るのは、新聞をストックした部屋の

あのアンバー色の香りだ。

レイラはその中に、かすかな朝の香りもかぎ分けた


「君はなんで、コンクールに応募したのかな?」

香りの謎解きに気をとられていたレイラに、

おじさんは、核心を突く質問をした。

「やっぱり、コンクール向きじゃない感じでしたか?」
レイラは急に緊張した。
ベンの顔が浮かぶ。 
ベンと出会わなければ、応募なんて考えなかったし、
ここにもいなかったはずだ。

「自分を変えたかったんです。私、勇気がないから。
友だちみたいな、強い勇気を持ちたくて」

「勇気がない?ひとりで、ここに来たのに?」

おじさんは、その答えは不正解だという風に笑った。

「あの、そもそも、どうして私なんかの絵を気にとめて下さったんですか?もっとすごい絵がほかにたくさんあったのに、、」

レイラも、心のもやもやを解消したかった。
ここの来た以上は、今の自分に一番必要な答えをしっかり聞いておきたい。

 


「君の絵は、何というか、、、、」

レイラは息を詰めて、答えを待った。
けれどおじさんは、

「明るい」
と、言葉を結んだ。

明るい?ないない、レイラにそれは絶対ない。
もしかすると皮肉られているのだろうか。


「明るい、とは思えません」

レイラは、きっぱり言った。

おじさんは、本人にはわからないものだという顔で、顎髭をなでると、ゆっくりと、窓の横の壁に向かって歩いた。

「ここなんだがねえ」

黒い板が張られた、何もない壁。
おじさんは、腕組みして、その壁をじっと見つめた。
おじさんの視線に惹かれて、レイラも、そっと壁に近づいた。

「君ね」
おじさんはレイラの方に向き直って言った。

「ここに、絵を描いてみる気はないか?」

「えっ、、ここに?ですか?」


「そう。君の応募は、私には自分への決意だと感じたられたよ。

カンバスの次元を超えたい、扉の向こうにつながってみたいという

強い願い。評価を求めたわけでなく。違うかな?」

そういうとおじさんは、まっすぐレイラの目を見た。

「君が描いた扉の絵の向こうを、この壁に描いてみてください。
ここのオーナーとしての私からのオファーです」

 

あまりに思いがけない提案に、レイラはぼうっとした。


「本当はね」
と、おじさんは手で壁に触れて、微笑んだ。

「ここにも、ちょっとした魔法の扉が必要なんだよ」

おじさんの、丸っこい手のひらがピタ、と壁に馴染んで、
レイラもそっと壁に触れてみた。
黒板に見えた壁は石のような冷たい感触だった。

 



 

 

「魔法なんて、、、あたしなんか、、。
あれは、あの扉は、、亡くなった祖母と私をつなぐ
すごく個人的な世界の探求です。それも
うまく表現しきれなくて、、、」

言葉にできないレイラのもどかしさを察して
おじさんは、レイラの肩にぽん、と手を置いた。

「君は自分が描けないものを知って、とても大切にしている。
大人は描かれたものだけを見ていると思いこんでいないか?
見えないものの方を見ている審査員もいるんだよ。」

 

 

「でも、、、どうして?」

 

不思議だった。
「どうして」と言った自分が突然、小さくズームアウトして、

視界がわっと広がった。この場面をうんと離れて見ている自分、

問いかけた瞬間を、まるで過去の場面のように
感じている自分がいる。

 

もしかすると、いつか観た映画とか読んだ絵本とかの

記憶が重なったのだろうか。
 

レイラは、既に知っている物語を、淡々と体験しているように、

とても静かな気持ちでそこにいた。

 

 

 

 

 

おじさんは、「チョコレートを淹れよう」と、
レイラの傍らを離れると
振り向いて、質問の答えを言い足した。


「いいか悪いかは別にして、
君には、アーチストによくある強い自己愛がない。
私からすれば、それは明るさだ。

それもオファーの理由だよ」

 

褒め言葉なのか、警告なのか、励ましなのか。

レイラはすぐには消化できなかった。
けれど、おじさんの言葉は、ベンがレイラに言ったことと

に、まっすぐつながっている。それだけは確信できた。

 

「レイラへのオファー。。」
 

自己防衛の考えがいくつも湧く。

ここに絵を描く意味って何だろう。
そもそも、メンタルの弱い自分が、こんな

馴染みのない場所で、何かを表現できるのだろうか。

 

それでも目の前の黒い壁を見つめていると、力が湧いた。
レイラがこれから描くものの生命力が既にそこにあったから。
それらは柔らかく浮かんでは消えてゆき、レイラの心を誘った。


「おばあちゃん。。」
天井を見上げて、レイラは小声で呟いた


 

それぞれ色と形が異なる三客の陶磁器に
カカオたっぷりのチョコレートが注がれた。
おじさんとレイラ、そしてソファで読者していた女の子。
 

「こっちに、いらっしゃい。一緒に飲もう」
おじさんの言い方で、その子がおじさんの娘ではないのだとわかった。

女の子は、ふわりとソファを立って
レイラとおじさんのいる中央のテーブルに来て、
少し距離をとって腰掛けた。

おじさんは、通称ボーダと呼ばれていること、
そして、きっと自己紹介しなかっただろうとからと
留守番の女の子の名を教えてくれた。
自分から望んで留守番にやって来るという、メル。


休日の留守番。
その意味が、レイラにはわかる。
その空間をひとり占めする口実だ。
そしてどんな子が、そんな特殊な自由を求めるのかも
レイラには想像できた。


メルは両肘をテーブルにつけて、カップを両手で包み
レイラと視線を合わせないように、チョコレートをすすった。

「あの、もし描くなら、祖母の絵でもいいですか?」

レイラが尋ねると、おじさんはカップを運ぶ手をとめて、

「もちろん。あの人の絵なら、、、」
と呟いた。

「祖母のことをご存じなのですか」
驚いてレイラが尋ねると、おじさんは、
内ポケットから、四つ折りにしたレイラのコンクールデータを取り出して
レイラの前で開き、指さした。
「君が提出した、タイトルでね」


 

扉―愛する祖母へ

 


「つまり、交渉成立と考えればいいかな」
と、おじさんは、素早く内ポケットに紙片を戻して
瞳を輝かせた。

心は波立ってはいたが、
そのずっと奧に、もう決まっている大きな流れに委ねているような
静けさが満ちている。

チョコレートをごくんっと飲み干すと
レイラは「はい」と、頷いた。



「カフェに老婆の絵?
そんなの、インスタのジョークにもなんない」
 

静かに聞いていたメルが、突然、

その場の優しい沈黙を破った。


「あそこは、ずっと特別なアーチストさんが

作品を描いてきた場所でしょう。
フツーの女の子の思い出に占領されちゃうのは、おかしいと思う」

レイラはどきんとしたが、

メルは、レイラを絶対視野に入れないという
意図的な体勢で、おじさんだけに訴えた。

「のんびり絵を描ける環境がある子は
自分の家で描けばいい」

 

冷ややかで高いメルの声に、

空気が張り詰める。


「自分を可愛がってくれた家族を
アカの他人に見せつけたいなんて、

アートじゃないと思う。
守られて、ベタベタ仲良く

家族と暮らして、死んで、
孫に絵なんか描いてもらう、シアワセ?

そんな薄っぺらい人生の、、、」

カチーンと、床にスプーンが落ちた。

おじさんより先に、レイラが立ち上がっていた。


「勝手に決めつけないで。
何も、なんにもわかってないくせに。

あんたなんか、大嫌い!
あやまりなさい。おばあちゃんに今すぐ、あやまれ。あやまれ!」

鳴き声のように不安定に震えるレイラの怒声が
部屋中に響き渡った。
 

感情を露わにしないレイラが
生まれて初めて、他人に怒鳴っていた。

 

【続く】

 

宝石緑第一章の、これまでのお話は、右のテーマ欄「【物語】満月のスープ」からお読みいただけます。

 

 

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