今回は、「衣笠」という地域にある『堂本印象美術館』をご紹介したいと思います。
私は京都市上京区の「西陣」生まれなのですが、4歳頃に北区の「衣笠」に引っ越しました。
「衣笠」の辺りは当時はまだ所々に田んぼが残っていましたが、新興住宅地といった感じで、歴史を感じる「西陣」の町並みとは全く違い、とまどいを覚えた記憶がありますー。
『堂本印象美術館』はうちの家から歩いて10分以内のところにあり、私がこの辺りに引っ越して間もない頃、母に連れられて行った記憶があります。
幼い私にとって美術館自体が初めてだったのですが、この美術館に来た時、とても不思議な、言葉では表現出来ないような感覚を抱いたことを覚えています...![]()
館内で印象に残っているのはステンドグラスと、壁面に掛けられていたとても抽象的な絵画でした。
その後、私は特に美術に関心をもつことも無く、数十年もの間この美術館を訪れることはなかったのですが、数年前に美術鑑賞に目覚め
再び訪ねてみることにした訳です。
約半世紀の時を経て再訪して驚いたことは、この「堂本印象」という方は日本画家になる前は「西陣織」の図案(デザイン)描きに従事されていたという事実でした![]()
しかも、勤めておられたのはあの有名な「龍村平蔵」さんの工房だったのです![]()
「龍村平蔵」さんは『龍村美術織物』の創業者です。
「龍村平蔵」というお名前は、その後『五代』にもわたって襲名されていますが、「初代・龍村平蔵」さんは、織物の世界に【革新】を持ち込んだと云われる方で、法隆寺や正倉院に伝わる古代裂など伝統的な織物の研究に尽力し、復元の第一人者として織物の地位を【芸術】の域にまで高められた方なのです。
「初代・平蔵」さんは織の技術はもとより、図案の良し悪しの重要性を認識し、高いレベルの図案を求めて、美術工芸学校から「印象」など多数の若手デザイナーを起用しました。
こういったことは、当時の織物業界においては前例のない画期的なことでした![]()
「初代・平蔵」さんは大正8(1919)年、研究の成果を注ぎ込んだ作品を携えて個展を開催し、若き日の「芥川龍之介」により賛美され、その名を不動のものとしたそうです。
偉大な「初代・平蔵」さんの工房で西陣織の図案を描いていた「印象」が、昭和41(1966)年に設立した『堂本印象美術館』はその個性的な外観から内装まで、全て彼によりデザインされました。
大正から昭和にかけて京都で活躍した「印象」ですが、ヨーローッパ等にも出掛け、独自の美の可能性を追求したと云われています。
こちらの美術館では、そんな「印象」本人の作品は勿論、特別企画展では他の画家達の素晴らしい作品をゆっくりと観ることが出来ます![]()
そして私は先日、4月半ばから開催されている「『伊東深水』展」を観に行って来ました。
「深水」は女性美を表現して独自の画境を築き、日本画壇の重鎮として活躍しました。
女性の描き方を「印象」の作品と比較して観てみるのも面白いと思います。
「『伊東深水』展」の会期は6月1日(日)迄となっています。
よろしければ是非、お出掛けになってみて下さい![]()




