本音で話せていますか?
私ね、子供の頃から、自分の本音では無く、
母親が喜ぶ言葉を選んで、話していました。
母の
「こう言って欲しいんだろうなぁ」とか、
「こういう言葉を期待しているんだろうなぁ」というのが
わかったんですね。
だから、本当は言いたいことがあっても、
それよりも、母が喜ぶ方を選択していたんです。
当時はその方が嬉しいし、安心だったんです。
そうしたら、母の顔色を見ながら、
お話する子になっていました。
自分では母が喜んでくれるから、それが嬉しかったんですよね。
でもそれを続けていると、
何かを選択するときに、
「どっちがいいのかぁ?」って悩むようになりました。
自分で決められなくなってしまったんです。
他者の意見を聞きたくなるんです。
自分の意見ががわからないんです。
自分の好みがわからないんです。
だからみんなと同じでいいやぁと
他人と一緒であるという、
安心感を選択していました。
そうやって生きていると、
自分の判断基準が、
他者になるんです。
どうしていいかわからなくなった場合は、
他者の意見が正しいんだって
認識してしまうんです。
そうすると、
自分の意見では無いから
すごく苦しいんですよね。
苦しいんですけど、
他者の方が正しいと思っているから、
自分の行動を変えられないんです。
子供が不登校になって、
子供が学校に行くのが苦しそうだから、
私としては
「学校に行くように伝える事が苦しい」し、
「学校に行くように伝える事が嫌だ」と思っているんですけど、
主人が
「子供は学校に行った方が子供の為だ」と強く伝えてくると、
「その方が正しい選択なんだ」と思って、
自分の感情は見ないようにして、
「学校に行かせないといけない」と思ってしまうんです。
自分の思っている事、
自分の感情に自信が無いんです。
こんな風に思うのはおかしいんじゃないかとか、
こんな風に思うのは私だけなんじゃないかとか、
こんな風に思う私は間違っているんじゃないか、
と思って、自分の感情を否定してしまう様になりました。
「学校に行くのは大事だってわかっているんだけど、
なんか苦しそうだよ。
本当に行くように勧めていいの?」
って思っている私と、
「いや、学校に行くことが大事だし、
それがこの子の為だって主人が言っているから、
そうしないといけないんだ」
って思っている私がいて、
前者を否定して
後者を選択しているのです。
だから「本当は学校に行くのを促すのが嫌」なんだけど、
「やらないといけないからやっている」状況がずーーーっと続きました。
とーーっても疲弊しました。
だってやりたくないんだもん。
子供が嫌がる顔をしてるのに、
「行った方がいいよ」って言うの苦しいんですもん。
この自分が苦しんでいることになかなか気づけなかったんですよね。
「やらないといけない」って思っているから。
そっちの方が大事だって思っているから。
正しいって思っているから。
こうやって、私は自分の気持ちをない物として扱い、
どんどん自分が嫌だと思っていることをやり続けました。
これが私の不登校での苦しさの一つでした。
自分の嫌だとか苦しいを優先出来れば、
別の選択肢が生まれたんですよね。
やめるという選択肢が生まれたんですよね。
そしたら、どうしたらいいか話し合いが持てたんですよね。
相手が正しいと思っているから、
その選択肢すら思いつかなかったんですね。
だから、
「不登校で声かけするの苦しいなぁ」とか、
「辛いなぁ」とか
思っていいんですよ。
それはあなたの内側からのサインです。
やりたくないという心のサインです。
そのサイン見逃さないで下さいね。
そのまま続けると、
自分の身を削ることになるし、
自分の人生じゃない人生を生きていくことになってしまいますよ。
だから、自分から湧き出る感情を
受け止めて、
受け入れて下さいね。
そうすれば、
あなたの行動は自然に変わります。
そして自分にとって何が一番心地良いか感じて下さいね。
それがあなたを自分の本来の自分の姿に導いてくれます。
そして子供自身も、自分の行きたい方向に導かれていくことなります。
どうしたらいいかわからなくて動けない人、
確実に動けるようになります。
安心してね。
