昨日の幼稚園の帰り、幼稚園に進級したばかり(附属保育園からだったから)の年少の女の子とそのママと偶然帰り道で一緒になりました。
みぃより小さいので、年少さんだろうなぁと思ったので、
「年少さんですか?」とききました。
年中さん?ときかれた。
本来ならば、同学年だったはずの年少さん。
年中です!と素直にははっきりとはなんか言えず(だって、現実的に発達的には、年中のイメージとなる”お姉さん”ではないもの。下手すると同じくらいだもん)。
なので、
「一応…。早く生まれてしまって、学年上がってしまったんですよー」なんて答えちゃった。
そしたらば、その後の会話でその子は4月生まれの年少さんだったことが判明。
修正なら1ヶ月上、生後ならば1ヶ月下というビミョーな4月生まれ~。
なので、
「だったら、実質は同じくらいですねー」なんて話した。
でも、そうはいいつつも、なんだかさ、みぃに”お姉さん”の雰囲気も感じたの。
発達度合がどうのではない、学年というものでの空気感の違いのようなものが、生まれるんだろうか…と二人を見て、ふと思った。
子ども二人は、というと、
最後はみんな一緒となる保育クラスなので、すでに会ってはいるはずの二人。
でも、お互いをわかっているのかいないのか…だったのに、
たいしてちゃんと言葉となっている言葉は話してないのに、発した擬音?のようなものだけで、なんだか、通じあって笑いあってた。
このぐらいの年齢だと、まだ言葉を介してではないコミュニケーションをとっていた時期が近いからなのかな?
言葉のない赤ちゃん同士がなんだか通じあっている感じを思い出したよ。
その子のママも「何?恥ずかしいの?お話しないの?」とか最初は言ってたけど、
そのなんだか通じあってる感じを感じたらしく、
「二人はわかってるみたいですねー」といったら、
「そうみたいですね(^^)」と。
途中から、そんな子ども二人は自然に手を繋いで歩いて、顔を見合わせてニコニコしていました。
ほのぼの~という感じの帰り道。
昨日の出来事として起きたことはこんなことでした。
しかし、帰宅してから、気がついたことが2つあった。
みぃより小さいから年少さんかな?と思ったわけなんだが、
年少さんは年少さんでも4月生まれだったわけですよ。
つまり、みぃって…本来ならば5月なわけだから…みぃより小さいから年少…、ではない。
あれれ、みぃって、もしかして本来の月齢で考えるとそんなに小さい方ではないのか??
標準値だとはわかってたけど、
その中でもずっとずーっと小さい小さいとばかり思ってた。
あれ、そういえば背が…と気が付いた瞬間、私の中でポロッと何かが取れました。
それは数値ではない、心の中の思い込みというべきものでしょうか。
そしてなんだか、みぃが本来ならば1ヶ月上の子のはずの子よりも”お姉さん”に見えたことも…、
年中さんの中では幼いけれども、年中さんで、けして年少さんではないんだな、って。
小さくて幼くて…そう刷り込まれて、悩みとなっていたものの中の一部が、何かまた、ポロッと落ちました。
そんな、昨日でした。