今日は、遺訓(いくん)という言葉です。
私の母親は、私が未だ30代前半のころ59歳で、この世を去りましたが、私に残してくれた言葉は数えきれません。幾つかあげれば、毎朝、仏壇に手を合わせる時に目に入る“日常の五心”(ハイという素直な心、スミマセンという反省の心、オカゲサマという謙虚な心、ワタシガシマスという奉仕の心、アリガトウという感謝の心)もその一つ。また、口頭でいわれたことですが、私は二十歳代から吸い始めたタバコが気になって、20代から、がん保険に3口も加入しています・・が、“我が家の家系から、お前はガンにはならないよ”というのが母の口癖。今は禁煙しても、酒だけはやめられない私を励ましています。また、私の母は、短歌や俳句も好きで、“百合切れば、百合には百合の痛みあり”といった思いやりの心を、短歌で諭してくれているものもあります。こうした多くの言葉は、私にとって、何かの折に自分の今の姿や人生を振り返るための、親の遺訓(いくん)あるいは戒めとなっています。
さて、遺訓(いくん)ですが、遺(い)とは、忘れる、置き去りにする、死後に残す、忘れられたものetc.の意味があります。また、訓(くん)とは、言い聞かせて分からせる、教え諭すetc.といった意味があります。故人による遺訓(いくん)とは、死後に残した教えの事ですが、遺(い)の意味の中に、忘れられたものといった意味があるように、時間の経過とともに、とかく忘れられがちになってしまう、といったものだと思います。忘れる事無く、大切にしたいものです。
人生様々です。最近では、結婚をしない男女が増えていると言いますが、幸いにも、自分の家庭を持つことになったら、男も、女も、何を決意するのでしょうか。私が結婚したのは、27歳の時。薄給のサラリーマンで、随分、金のない思いもしましたが、そんな中でも、一つの決意があったことを思い出します。自分の子供は、自分の家で育てたい。借家住まいを早く抜け出したい、といったものでした。今振り返れば、親の支援も少しは頂きながら、小さな古屋からスタートし、2度の転居で、今の終の棲家にたどり着いたところです。20代の頃の、自分の子供は自分の家で・・といった思いを持ち続けていなければ、今の自分はなかったと思います。人生の中で、熱い“思い”を抱き続けることは、とても大切な事だと感じていますす。