寛容(かんよう) | 二文字熟語

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漢字の中には、その文字を超越した深い意味思いが込められていることが多くあります。日頃何気なく読んでいる数々の言葉の中に、脈々と流れている日本精神を読みとろうと努めてみませんか。とても、興味深い事実に気がつくはずです。

笑顔(赤)ハート

 今日の言葉は、寛容(かんよう)です。


 人間にとっては、生きている時間すべてが修行です。私のように、人生50年の折り返し(信長の時代は終点)を何年か前に過ぎた人間にとっては、ある程度、人間性が成熟期を迎え、いわゆる”人品骨柄卑しからず”の様であってしかるべきだと思いますが、未熟ですね。自分に甘く、人に厳しく。これでは、いけません。寛容(かんよう)の精神が養われていなければ、大人とはいえない・・と反省しきりの最近。よく年をとると気が短くなると言われますが、どうも、私も短期の虫が騒ぎ始める年齢になってきたのかも。


 さて、この寛容(かんよう)という言葉です。寛(かん)とは、ひろびろとしてゆとりがある、許す等の意味があります。容(よう)とは、物をいれる、聞き入れる、許す、ゆとりがある等の意味があります。寛容(かんよう)とは、要するに、心のゆとりから生まれるもののようです。心にゆとりがないと、寛容にはなれない。全てを許す心の大きさ。寛容(かんよう)を国語辞典でみると、心が寛大で、よく人を受け入れること。過失をとがめだてせず、人を許すこと、とあります。


しくしくハート

 人と対峙するときには、冷静さを保つことが、入り口となりますね。心広く保とうと努めても、冷静さを欠いた精神状態では、寛容にはなれません。目を閉じ、心の中を空っぽにして、何も考えない状態。雑念を取り払い、無の心境に近づく努力。寛容(かんよう)であることは、とても難しい事だと思いますが、ある年齢に達した人達には、他への寛容の精神が求められる。