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50歳!さてこれから何しよう!

50歳になった。これから何を始めよう?何ができるかな~

リハビリ病院での入院期間、約2か月半。

 

父親は退院に向けて、リハビリを熱心に取り組んでいたようです。

 

自室に戻っても繰り返し頑張ってリハビリをしていたとのこと。

 

ちなみに父親は入院期間ずっと個室です。

 

自由が効かない大部屋はイヤや、絶対個室!払える!と言ってずっと個室でした。

 

「自由」とは自分のいびきで人に迷惑をかけるのがいや、部屋の中で電話をかけたい、テレビを自分の音量で見たい、友人知人が来ても他の人に気遣うことなく自室で喋れる、そんな感じです。

 

大部屋の方が友達も出来て退屈しないんじゃない?と言うと、年寄りばっかりで嫌やと言っていました・・

 

本来なら入院費用も高齢者1割負担で安かったはずなんですが、毎月30万ぐらい払ってましたね。

生命保険が下りてくるので満額自腹ではなかったのですが、大部屋だったらけっこう収入になりましたよね。

 

それはさておき、退院が近づいてくると今度は退院後の生活に向けて本人を交えた会議が行われます。

 

事前に指定された自宅の写真を撮るのです。

 

玄関からリビング、台所にお風呂、トイレ、2階に上がる階段など、生活導線をすべて写真におさめ、退院後の生活に必要なのは何なのかを考えます。

 

手すりとか、手押し車だとか、電子レンジは使えるのかなど。

 

例えば、電子レンジが使えないとご飯を温めることが出来ませんから、リハビリ期間を延長するとか、ヘルパーさんが必要だとか、そんなことを決めていきます。

 

そして、自宅訪問の日は、本人と私、ケアマネさんやリハビリ用具を扱う会社の方が集まりマルオの動きを検証。

 

冷凍庫を開けるのにかがむ姿勢がしんどい=座って開けれるように椅子を用意する?とかね。

 

両手両足に支障が出ている80歳の1人暮らしですから、そこはじっくりと検証しました。

 

ただ、リハビリがうまくいくと以前と同じようにとはいかなくても、少しはラクに動けるようになるだろうとの見解もあるので、

とりあえず必要なものを揃えようとのこと。

 

介護ベッド、玄関の据え置きの手すり、手押し車、訪問リハビリ、掃除洗濯と買い出しをしてくれるヘルパーさん(週2)、

週2回のデイサービスでお風呂に入れてもらいます。

 

片手が開かず、もう片手は腕が上がらずで、体を拭くことが出来ないんです。

 

丸首のシャツに着替えるのも5分以上かかります。(現在は前開きの服しか着れません)

 

なのでデイサービスに通ってお風呂に入れてもらう必要があるんですね。今年はめちゃくちゃ暑かったのでとても助かっています。

 

また、週に2回でも連れ出してもらえるというのはありがたいことです。

 

マルオの良いところとして、体が不自由になってイライラすることもあると思うんですが、文句を言いません。

今回の入院や退院に関して、「周りの人に恵まれた」と言っていました。

 

八つ当たりする人もいる中で、これは大したもんだと思いましたね。

 

次回、通院はどうしてるのかについて。

 

 

手術後のリハビリが終わり、本格的なリハビリ開始とともにリハビリ病院に転院することが決まりました。

 

午前中の支払いのあと薬の説明、介護タクシーでの移動、転院先の病院で入院手続き。

めちゃくちゃ忙しかったし、何が何やらという状態。

 

手術の時点で、ある程度落ち着いたらリハビリ病院に転院することは決まっていました。

待合室で待機している間に、看護師さんから転院時は自分で送迎よりも介護タクシーを利用する方がラクだと教えてもらいました。

 

介護タクシーは、病室まで来てくれて荷物や車椅子など全部ひっくるめて移動してくれるとのこと。

 

確かに、歩くことがままならない状態の父を病室から車まで連れて行くのもおそらく無理。

このときの父親は杖ではなく歩行器の介助があって歩ける状態です。そのまま介護タクシーをお願いしました。

 

転院当日、介護タクシーの方が迎えに来てくれる時間は9時半、それまでに退院手続きをしなくてはならなかったのですが、

なんと会計窓口で「次の年金が振り込まれるまでお金が払えない」という方がいて、かなり時間を取られてしまいました。

 

無事支払いが終わって病棟に戻ると既に介護タクシーの方がいらっしゃって、部屋の荷物と一緒に車椅子の父親を連れて車に向かってくれました。

 

その後、私は転院するにあたって薬の説明を受けたのですが、その種類はなんと12種類!!

 

糖尿やら血液サラサラの薬やら、血圧を下げる薬に便秘、それから転倒した際に骨折しないように骨を強くする薬などいろいろです。

ここでも時間を喰った食った・・

 

入院していた病院からリハビリ病院までは普通に車で行くとおよそ10分前後かな?タクシーだと2000円ぐらいです。

 

ところが介護タクシーは荷物とリハビリが必要な病人を車椅子ごと乗せてくれたうえ、転院先の院内受付まで連れて行ってくれるとあって、その料金は3倍の6000円ちょっとでした。

 

ひ~っって思いましたが、私1人では到底無理な話だったのでとても助かりました。

 

到着後、入院手続きなどの説明諸々をうけたあと、担当医、リハビリ担当、今後の計画を立ててくださる方との面談があり、本の数分でしたが、まぁ1日仕事でしたね。

 

このとき、すでに担当医と父親は面談を済ませており、一般的に父親の状況からいうと入院リハビリ期間は3か月が妥当とのこと。

 

ところが早く家に帰りたい父親は2か月で、と無理をお願いしたそうです。

 

そして本格的にケアマネが決まり、退院後の家の状態やデイサービス、訪問リハビリなどの計画が進んで行きます。

 

入院中に大変だったこと

 
入院中大変だったのは洗濯物と食事です。
 
食事は病院側が用意する糖尿食なんですが1日1800キロカロリーで作ってくださってるようでしたが、本人いわくこれでは金幾がつかない!
 
という訴えのもと、私が2週間~3週間に1度顔を出す際に、カニカマやら魚肉ソーセージ、カロリーメイトやお菓子、パンなど、病院側に許可を得た食品を差し入れしていました。日持ちするものがメインです。
 
そして手術をした病院で悩まされたのが「洗濯物」でしたが、こちらのリハビリ病院は洗濯サービスがあり、
1週間に1回、洗濯ネット1つ500円で洗濯してくれるという嬉しいサービスがありました。
 
月の変わり目などでは500円だけ振り込むなんてこともありましたが、とても助かりました。
 
私がとっても大変だったのは、これ入院する家族を持つ人誰もがそう思うと思いますが、今度来るときあれ持ってきてこれ持ってきて、これ買ってきてです。
 
入院中の楽しみは差し入れぐらいでしょうから、忘れたらかわいそうだと思って頑張りましたが、とにかくストレスが溜まり疲れも相まって私の血圧も上がっていきました。。
 
両腕が不自由な人向けの肌着やパジャマも必須アイテムですよ。最初は知らなかったんですが、介護用のベリベリがついてる良い物が売ってますので(ちょっと割高)こちらもとても助かります。(本人も介護者も)
 
 

 

 

 

私の父は現在「介護1」です。元気です。

 

介護1になったのは持病の脳梗塞が進行し血管が詰まってしまい体が動かなくなったからです。

 

本人としては「倒れて死ぬ」というプランが頭にあり、倒れても助けるなということを私にも周囲の人にも言っていたのですが、

そんなに思い通りに行くはずもなく・・・

 

血管の詰まりは首と脳にあり「爆発したら終わりや」と聞いていたんですが、爆発する前に血管がどんどん詰まっていったんでしょうね。

 

次第に体が動かなくなって行ったんです。めっちゃ怖いですよ。

 

最初に症状が出たのは左手でした。グーになってしまい自分の意思では開きません。

 

その次は体全体が固まるような感覚とともに足も動かしにくくなっていったのです。

 

歩くのも1歩踏み出すのにバランスが取れなくなりゆっくりとした動作、平均台の上を歩くようなしぐさで歩くようになります。

脳梗塞やから病院連れていこか、と言っても行かないの一点張り。

 

病院に入ったら出てこれなくなると思い込んでいたようです。

 

まず購入したのは杖。

 

自宅内を動くのも必要です。階段を上がった先にも4本脚の杖を設置。

私は父親の自宅からは4時間かかりますので1か月に1回顔を出し、普段はLINEなどで連絡を取り合う程度でした。

 

すると父親の知人から、マルオがびっくりするほど動けなくなっていて汚れた下着を着ていると連絡がきました。

この知人は2か月ぶりにマルオに会ったとのこと。

そう、2か月前のマルオはスタスタと歩けていて着換えも普通に出来ていたのです。

 

すぐにマルオに電話し病院に行こか、と連絡しましたが「月末に予約入れてるから」と却下しよった!

月初めだったので、予約日までは約1か月あるんです。

病院にも予約関係なく来てくださいと言ってもらえたのに。

 

手術して首を切るのが怖い、出てこれなくなるだろうという気持ちから拒否し続けていたんです。

 

月末はMRIを取るだけで、その翌週が結果説明だったのですが、その間にマルオの気持ちも「手術しかない」と固まっていったようです。

 

そりゃそうですよね、自分のプラン通りに倒れるでもなく動けなくなるだけなんですから、まったく違った状態になっているんです。怖いですよ。

 

診察日=入院

MRIを撮った後の診察日になりました。
 
この日は私も一緒に病院へ行くと決め、あわよくば入院までこぎつけようと思っていました。
体が動かないのに独居でいては何があるかわからない。
 
当日朝5時ごろ、長女から予定日よりも早くお産が始まったとの連絡が!!
 
出産の方はコロナもあって、旦那さんしか病院に入れないため予定通り父親の病院へ行くことに。
 
診察では、父親は今までずっと手術を拒んできたため、担当医も現状を説明するぐらいでした。
手術しか解決法はないので、どうしようもないんでしょうね。
 
現状の説明を聞いたあと、「今も手術は可能ですか?」と聞くと可能との返答が返ってきました。
「本人手術に前向きなんです」と伝えると、先生はすぐに入院・手術の手配に取り掛かりました。
 
体が動かないのに家に1人でいても仕方ないでしょう。まったくその通り。
 
そして、もっと早く手術していればこんなことになってないんですよ。とのお言葉。これもまったくその通りです。
 
堪えましたが先生に叱られてる父親を見て笑ってしまいました。あのマルオが怒られてすいませんって言ってる~
 
そして、いくつかの検査を乗り越え手術当日、手術室から出てきたのは6時間後でした。
 
私は仕事もあるので、手術が終わって説明を受けたのち4時間かかる我が家へ帰宅。
 
数週間後、面会に行くと体がこわばっていたはずの父親はなんと足が組めるようになっており、歩行器を使ってですがリハビリを開始しなんとか歩けるようになっていました。
 
ただ、手の方は放っておいた期間が長すぎるから回復には時間がかかるだろうとのこと。(おそらく元には戻らないという意味)
 
ある程度回復し、治療が終わったのちはリハビリ病院に転院することになります。
 

付き添い人(家族)が大変な件

 

ここまで、入院・手術・転院までの流れを書きましたが、付添人にとっても大変な出来事です。

*当時の父親にとって入院手続きや診察室に入れるのは血縁者だけ。実子や孫になりますので、親しい近所の人とか恋人とかでは診察室にも入れませんし、入院手続きも出来ません。妻や実子がいなければまた別の方法があると思います。

 

これから同じように駆け回る方の参考になればいいのですが、準備していない入院とは、病院で入院手続きをしてから無事入院するまでの時間がかかる!

 

混んでる病院だったので4時間かかりました。計画入院ではなく急遽入院でしたので、部屋を用意したりする時間も必要ですしね。

 

そして入院が終わったあと、身内の私は家に戻り下着やタオルなど入院生活に必要なものを揃えます。

下着や持ちものすべてに名前を書かなければなりません。

 

これらを済ませて翌朝早朝に出発し、会社に出勤をするということを何度やったことか。

高速道路で朝から4時間運転して出勤するってあまりないのでは? よくやったなと自分でも思います。

 

また、入院した病院は洗濯ルームがありませんでしたので、1週間だったか2週間だったかに1度お見舞いがてら洗濯物を回収し、乾燥機にかけてまた病院に戻すということをしていました。

 

これが、私が近くに住んでいれば今日持って帰って明日持っていくということができたのですが、なんせ4時間かかるためそうそう毎週来られません。

 

入院期間約2か月でしたが、なんとか対策を立てれたところで転院の話がきました。

また手続きの始まりです・・・

 

★手術をしてくださった先生や看護師の方々、ありがとうございました。めちゃくちゃ綺麗な傷跡です。

 

あれ持ってきてくれこれ持ってきてくれ問題

入院あるあるなんですが、私も入院したときに言ったことがあります。
「○○持ってきて」
 
必要なんですよね、その人にとっては○○は必要なもの。
 
ただ、家族にとっては近くても遠くても○○のために動くというのは結構疲れるんですよね。何故か。
 
しかも忘れてはならないと思うから余計にプレッシャーを感じますから積み重なると大きなストレスになります。
売店で売ってるものならどうとでもなりますが、なかったらまた買いに走らないといけない。
 
がっかりされるのもなんか可哀想に思えますしね。
 
今は連絡する手段が簡単でしょ、ケータイ電話やLINEで送っておけば伝わるし、言い忘れることもないし手軽なんですよね。
 
入院中は暇だしお腹もすくし、テレビカードもいるし、保険の手続きもいるし、本人も大変だけど入院に関わる家族もかなり大変です。
 
次回は転院から退院まで

 

 

 

 

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