私の父は現在「介護1」です。元気です。
介護1になったのは持病の脳梗塞が進行し血管が詰まってしまい体が動かなくなったからです。
本人としては「倒れて死ぬ」というプランが頭にあり、倒れても助けるなということを私にも周囲の人にも言っていたのですが、
そんなに思い通りに行くはずもなく・・・
血管の詰まりは首と脳にあり「爆発したら終わりや」と聞いていたんですが、爆発する前に血管がどんどん詰まっていったんでしょうね。
次第に体が動かなくなって行ったんです。めっちゃ怖いですよ。
最初に症状が出たのは左手でした。グーになってしまい自分の意思では開きません。
その次は体全体が固まるような感覚とともに足も動かしにくくなっていったのです。
歩くのも1歩踏み出すのにバランスが取れなくなりゆっくりとした動作、平均台の上を歩くようなしぐさで歩くようになります。
脳梗塞やから病院連れていこか、と言っても行かないの一点張り。
病院に入ったら出てこれなくなると思い込んでいたようです。
まず購入したのは杖。
自宅内を動くのも必要です。階段を上がった先にも4本脚の杖を設置。
私は父親の自宅からは4時間かかりますので1か月に1回顔を出し、普段はLINEなどで連絡を取り合う程度でした。
すると父親の知人から、マルオがびっくりするほど動けなくなっていて汚れた下着を着ていると連絡がきました。
この知人は2か月ぶりにマルオに会ったとのこと。
そう、2か月前のマルオはスタスタと歩けていて着換えも普通に出来ていたのです。
すぐにマルオに電話し病院に行こか、と連絡しましたが「月末に予約入れてるから」と却下しよった!
月初めだったので、予約日までは約1か月あるんです。
病院にも予約関係なく来てくださいと言ってもらえたのに。
手術して首を切るのが怖い、出てこれなくなるだろうという気持ちから拒否し続けていたんです。
月末はMRIを取るだけで、その翌週が結果説明だったのですが、その間にマルオの気持ちも「手術しかない」と固まっていったようです。
そりゃそうですよね、自分のプラン通りに倒れるでもなく動けなくなるだけなんですから、まったく違った状態になっているんです。怖いですよ。
診察日=入院
MRIを撮った後の診察日になりました。
この日は私も一緒に病院へ行くと決め、あわよくば入院までこぎつけようと思っていました。
体が動かないのに独居でいては何があるかわからない。
当日朝5時ごろ、長女から予定日よりも早くお産が始まったとの連絡が!!
出産の方はコロナもあって、旦那さんしか病院に入れないため予定通り父親の病院へ行くことに。
診察では、父親は今までずっと手術を拒んできたため、担当医も現状を説明するぐらいでした。
手術しか解決法はないので、どうしようもないんでしょうね。
現状の説明を聞いたあと、「今も手術は可能ですか?」と聞くと可能との返答が返ってきました。
「本人手術に前向きなんです」と伝えると、先生はすぐに入院・手術の手配に取り掛かりました。
体が動かないのに家に1人でいても仕方ないでしょう。まったくその通り。
そして、もっと早く手術していればこんなことになってないんですよ。とのお言葉。これもまったくその通りです。
堪えましたが先生に叱られてる父親を見て笑ってしまいました。あのマルオが怒られてすいませんって言ってる~
そして、いくつかの検査を乗り越え手術当日、手術室から出てきたのは6時間後でした。
私は仕事もあるので、手術が終わって説明を受けたのち4時間かかる我が家へ帰宅。
数週間後、面会に行くと体がこわばっていたはずの父親はなんと足が組めるようになっており、歩行器を使ってですがリハビリを開始しなんとか歩けるようになっていました。
ただ、手の方は放っておいた期間が長すぎるから回復には時間がかかるだろうとのこと。(おそらく元には戻らないという意味)
ある程度回復し、治療が終わったのちはリハビリ病院に転院することになります。
付き添い人(家族)が大変な件
ここまで、入院・手術・転院までの流れを書きましたが、付添人にとっても大変な出来事です。
*当時の父親にとって入院手続きや診察室に入れるのは血縁者だけ。実子や孫になりますので、親しい近所の人とか恋人とかでは診察室にも入れませんし、入院手続きも出来ません。妻や実子がいなければまた別の方法があると思います。
これから同じように駆け回る方の参考になればいいのですが、準備していない入院とは、病院で入院手続きをしてから無事入院するまでの時間がかかる!
混んでる病院だったので4時間かかりました。計画入院ではなく急遽入院でしたので、部屋を用意したりする時間も必要ですしね。
そして入院が終わったあと、身内の私は家に戻り下着やタオルなど入院生活に必要なものを揃えます。
下着や持ちものすべてに名前を書かなければなりません。
これらを済ませて翌朝早朝に出発し、会社に出勤をするということを何度やったことか。
高速道路で朝から4時間運転して出勤するってあまりないのでは? よくやったなと自分でも思います。
また、入院した病院は洗濯ルームがありませんでしたので、1週間だったか2週間だったかに1度お見舞いがてら洗濯物を回収し、乾燥機にかけてまた病院に戻すということをしていました。
これが、私が近くに住んでいれば今日持って帰って明日持っていくということができたのですが、なんせ4時間かかるためそうそう毎週来られません。
入院期間約2か月でしたが、なんとか対策を立てれたところで転院の話がきました。
また手続きの始まりです・・・
★手術をしてくださった先生や看護師の方々、ありがとうございました。めちゃくちゃ綺麗な傷跡です。
あれ持ってきてくれこれ持ってきてくれ問題
入院あるあるなんですが、私も入院したときに言ったことがあります。
「○○持ってきて」
必要なんですよね、その人にとっては○○は必要なもの。
ただ、家族にとっては近くても遠くても○○のために動くというのは結構疲れるんですよね。何故か。
しかも忘れてはならないと思うから余計にプレッシャーを感じますから積み重なると大きなストレスになります。
売店で売ってるものならどうとでもなりますが、なかったらまた買いに走らないといけない。
がっかりされるのもなんか可哀想に思えますしね。
今は連絡する手段が簡単でしょ、ケータイ電話やLINEで送っておけば伝わるし、言い忘れることもないし手軽なんですよね。
入院中は暇だしお腹もすくし、テレビカードもいるし、保険の手続きもいるし、本人も大変だけど入院に関わる家族もかなり大変です。
次回は転院から退院まで
