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50歳!さてこれから何しよう!

50歳になった。これから何を始めよう?何ができるかな~

少子高齢化社会の問題の1つに、空き家問題がありますね。

 

うちの近所もかなり空き家がひどい。空き家というより廃墟です。

 

両隣が空き家で竹なんかも伸びてて、大きく育った木は電線にまで達しています。

 

向かいの倉庫は屋根が破れて地面まで丸見え。雑草やツタの葉が電線に絡みつき、葉っぱが落ちては道路に落ちる。

枯れ葉を掃除するのは所有者ではなく近所の住民。

 

年に1回ぐらい見にくればいいのに来ない。

 

害虫・害獣やブロック塀の崩れの他、町内の景観も損なって全体の価値を下げてくれてますよね。

 

汚くなって手がつけられなくなってしまってるのは重々わかりますが迷惑でしかない。

 

私が今住んでる義父の家、他人の土地に家を建ててしまっているため、最終的には取り壊しもしくは引き渡しになるかなと思っています。

 

 

家屋の取り壊しにもかなりのお金がかかってしまいますが、どうにかできるうちにどうにかしたい。

 

売れない空き家を再建する、誰かに低家賃で貸し出す、地主さんには空き家の所有者に雑草を刈る、ある程度の綺麗を保つなど言ってほしいもんです。

 

が、地主さんも代替わりしているため、管理地にあんまり興味がないかもしれませんよね。

 

って、それが困るんですよ。ちゃんと管理してほしいんです。

 

SNSで知った「売れない空き家を買い取ってくれる」というニッチな不動産屋さん「ウルホーム」は(関東)

  • 底地
  • 再建築不可
  • 市街化調整区域
など、売りたくても売れないだろうと思って困ってる人の土地や空き家の相談を受けてくれるらしい。
けれど、空き家ばかりを買い取るとなると、逆に破綻してしまうのでは?と思えるほど、うちの地域は空き家だらけ。
 
店主が店を閉めてしまった、跡継ぎがいない、道が細くてトラックが通れないから空き地があっても倉庫として利用できない。
駐車場は?田舎では自宅に車3~4台停めれるなんて当たり前なので、駐車場として再利用もメリットがありません。
 
超高齢者の波は介護だけでなく、空き家の問題まで子世代に大きくのしかかってきます。
家を解体できるぐらいのお金を残してくれれば問題ないんですけどね。
 
相続放棄、といって知らんぷりしたいです。
 
今度、市の無料弁護士相談に行って聞いてこなければ!と思っています。
 
 
 

義母が認知症になって数年後、NHKの番組で「認知症の第一人者が認知症になった」という番組を見たのがとても印象に残っています。

 

2020年1月に放送された番組ですが、認知症医療の第一人者、長谷川和夫さんにスポットがあたった番組でした。

第一人者というだけあって、認知症になって初めて研究が完成するとおっしゃっていました。

 

・「正常な時がたまにある」

ありますよね、正常なとき。

うちの義母がまだ施設に入る前、介護認定3になっていたと思いますが、私の娘の結婚式に連れて行ったことがあります。

高速道路に乗って長距離の長旅でした。

健康状態は良好なので問題はありません。

 

結婚式に向かう途中、自分が生まれ育った地域とはかけ離れた都会に行ったため、大きく広い道路を見た途端

「緑(山)がないね、いやな感じのところだね」と口にしました。

 

義母が生まれ育った町は自然に囲まれたところで、ビルや商業施設などはありません。認知症になる前もあまり都会を好んでいないためポロリと出た言葉だと思います。

 

そして、結婚式が終わっての帰り道、息子が運転する車の後部座席から「○○くん、危ないから気をつけなさいよ」との言葉。

介護認定3になってからあまり聞くことがなかった正常状態の言葉でした。

 

息子が運転していることに心配した母親の心情が出ていたと思います。残念ながら息子は「ハイハイ」と聞き流していましたが、あの時正常状態になっていたね、と後で話したことを覚えています。

 

・「認知症は神様からのプレゼント」

番組内で長谷川和夫さんが上記のような言葉を言われていました。

なるほど確かにそうです。本人にとって、病気に関連する辛さは正常時があったとしてもすぐに忘れていきます。

認知症は怖い病気やよと言った1分後には忘れています。

 

また、認知症は辛い現実を忘れるための病気などという言葉もありますね。

 

それを聞いたとき、確かにそうだと思いました。

もし今義母が認知症でなかったら、援助で成り立つ生活に対してどう思っていたのか?と考えることがあります。

 

例えば認知症になってしまえば、家族との関係性やご近所さんとのトラブルがあったとしても覚えていないのでノーストレスです。

 

そんなに派手な生活をしていたわけではありませんが、欲しいものを我慢しなくてはならず、買いたいものも買えません。

まだ70代なら元気に美味しいものを食べたり、やりたいことがあったはずですが、国民年金生活で、貯金もなくては出来ることは限られてしまい余生を楽しむなんて出来ないのが現実です。

認知症になってしまえば、まったくそんな現実を知ることも理解することもありません。

まさしく神様からのプレゼントのような病気です。

 

ただ、介護する側の義父や息子、嫁からすると、疲弊しか残りません。

 

本人にとってはプレゼントかもしれないけれど、家族にとってはどうでしょうか。

 

そんなことを考えさせられる番組でした。

 

 

義母が認知症と診断されたのは77歳のときでした。

 

何度も同じことを言う・聞くに異変を感じた義姉が病院に連れて行きました。

 

当時、義両親は自営業をしており、義姉は家が近いこともあり週に2~3度遊びに来ていたんです。

*私と主人は会社員ですのでその場にはいません。

 

認知症と診断されてショックだったのは本人と義父と主人。そりゃそうです。

 

私は同居してるわけでもないですから第三者的な立場として「介護申請したら?」と言いました。

 

そして今後どんな風にすればいいのか、誰か知ってる人に聞いてみると言ったのですが、主人からの回答は

「誰にも言わないでほしいし、介護申請もしない」でした。

 

家族にとっては認めたくないという気持ちが強いみたいですね。

もしくは女と男では現実の受け止め方が違うのかもしれません。

 

とは言っても認知症のことを何にも知らない素人がどうすればいいのかなんてわからないんですよ。

 

数か月後にもう一度病院の方から介護申請しますか?と言われようやく1歩前進です。

 

うちの主人は両親のことが以上に好き?なのか、いつも判断を間違えます。

彼が下す判断は親の気持ちを考えて行動するため、おかしなことになるんです。

 

話は逸れますが、ずっと前に「SARS」という肺炎が中国で流行ったことがあります。

当時、義母は同級生たちとの中国旅行が予定されていました。

 

私は今中国に行ってSARSに感染してしまったら大変なことになるから中止にするべきと伝えると、

「今度いつ行けるかわからないから行かせてやりたい」と言ったのを覚えています。

 

アホ丸出しやん・・・ そんなん日本に持ち込んだら大迷惑やん。自分の子供もいてるのに何をいうてんのや・・

もちろん旅行会社が中止にしてくれました。

 

このときを境に彼の親が絡んだ判断はすべておかしいと思うようにしています。

 

話は戻って、介護認定を受けてからの義母は認知症の進行を遅らせる薬を処方されました。

 

最初はそんなに症状が頻繁に出るわけでもない感じでしたが、あるとき私が義母の家に行くと、義母はこの病気は恐ろしい病気やよと言います。

 

「さっき○○してたよ、さっきも同じことを言ってたよ」と言われても私はまったく覚えてない、と言っていました。

 

時々正気な部分が垣間見えるのですが、それすら5分もしないうちに忘れていきます。

 

新しい記憶が定着しないんですね。

 

最初のころ義母の家族は。何度も同じことを聞く、すぐに忘れてしまう義母に「注意」していました。

さっきも行ったでしょ、とか、特に義父はイライラしていたようでした。

そりゃそうですよね、ある日突然認知症と診断され、徐々に症状が出てきて会話も成り立たないし、何度も同じことを聞きにくる。

そして、またちゃんと向き合って義母の質問に答えてるわけですから。

 

傍からみると、そんなに真剣に答えなくても適当に返事してればいいのに、なんですが家族からすると、まともに答えることで元の義母に戻ってくれるのでは?という期待があったのではないかな?と思います。

 

施設に入所する前、この頃は嫁である私の名前はちゃんと覚えています。が、私の顔を見ると「どこかで見たことがある顔やな」という感じ。

 

また、あるときは「あけましておめでとうございます」と言い出した。

そう、私が義母の家にいくときは大体お正月だったんです。嫁がいる=正月だと思ったんでしょうね。

 

次第にその時々によって、息子である主人が自分の弟になったり、父親になったり、息子になったりと、こんがらがってくるようになりました。

 

困った行動としては、電気毛布のコードを切ってしまうことが何回かありました。


すると、電気毛布ももったいないですが、冷えることでお漏らししてしまうんです。。


当時オムツを履かせてもすぐに脱いでしまうため、尿モレパッドだったんです。

ですので、まあ、布団もべしょってなって大変だったみたいです。


その他の困った行動といえば、炊飯器でしたね。

ご飯を炊くことをずっとやってきたからか、炊けてるかどうかが気になる。


水加減も気になる。


なので、炊飯中でも何回も蓋を開けたり、水を足したり。


何度もお粥になってしまったことがあるとのこと。


最終的には炊飯器は隠して、義母の目に触れないようにしました。

 

そんなこんなで認知症と診断されてから10年が過ぎ、今は12年目に突入しています。

昨年末に施設に入所してから細くなってきたと心配する主人ですが、施設では食事も管理されているので、自宅にいた頃よりも体重が落ちてくるのは当然と言いました。

 

好き勝手に食べたいものを食べられる自宅とは違いますから。

 

施設に入るとちょっとした怪我でも連絡が来ますし、手厚い看護をしてくださってると思います。

 

私からすると、義母の見た目に変化はなく特になにも変化はないように感じます。

施設に入所して約1年、認知症の症状としては、息子である主人が面会に行っても、もう誰かもわからないようです。

 

義父を連れていきますが、もちろん誰が来たかなんてわからず話を合わせてるだけとのこと。

 

穏やかな症状のため、施設の方々に迷惑をかけることはないようです。

 

現在の施設は認知症リハビリ介護施設で、自宅近くの特養画空くまでのつなぎ的存在。

費用は月に10万円ほどかかっています。

 

この度、自宅近くの特養に空きが出たため「お引越し」となります。

手続きを終わらせ、限度額申請を提出した段階です。

 

特養老人ホームでの費用がどれだけかかるのか心配ですが、金銭的負担を少しでも減らしたいです。