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50歳!さてこれから何しよう!

50歳になった。これから何を始めよう?何ができるかな~

義父の家に引っ越して半年、気になるのは臭い。

 

不用品を片付け、畳を張り直し、床下はシロアリ駆除、布団座布団類も処分、押し入れは空っぽにしてアルコール消毒した。

 

最初は義父と主人の部屋に紫外線が当たらないため、畳の匂いと加齢臭が混ざったものだと思っていました。

真夏になって部屋を解放し、風を入れたら少しはマシになったけどまだ臭い。

 

カーテンを取っ払い洗濯機で洗って干したら爽やかな気分になった。けれどそれも束の間のこと。

 

なぜこの家はこんなに臭いのか。

 

おっさんとジジイがいるとはいえ、こんなに臭いものなのか?

 

最近では義父の部屋の横あたりにアンモニアの臭いがし出した。

 

義父の性格からして漏らす前におむつに変えるはずで、用意もしてある。

 

お風呂は毎日入ってないけど、年寄りはそんなもんだと聞くし、横を通り過ぎても特に臭いとは思わない。

 

ただ、義父の部屋はほぼ解放されることはなく、部屋の隅にある机に着替えたシャツなどが積んであるのを見た。

自分でお風呂に入るついでに洗濯するために貯めているらしい。

 

でも、それがアンモニアの臭いを発しているのかと言えばそうでもない感じ。

 

ネットで調べてみたら、高齢になり肝機能の低下による疲労臭とのこと。

 

本当に嫌な臭さ。

 

ただでさえ義父の家は古くてずっと機能していなかったため、ゴキブリやムカデも頻繁に出ていた。

やっと寒くなって見かけなくなったと思ったら、今度はアンモニア臭・・・

 

夏場じゃなくて良かったけど、来年の夏はどうなるんだろうか。

 

旦那は呑気で何も気にならないみたい。羨ましいわ。

 

ちなみに、このアンモニア臭は毎日必ずではないですが、臭いがキツイところには「無香空間」やアルコールスプレー、換気などしています。

 

あんまり意味ないかもしれないけど。

 

 

以前の記事に私には4人の後期高齢者がいるとブログに書きました。

 

4人の高齢者の生き方を見てると、長生きって大変だなとつくづく思います。

ぶっちゃけ55歳の今でもけっこう体力的にしんどい。

 

自分が80歳になる?頃どんな風になってるのか、親たちの姿から考えさせられます。

 

現在のヨシエ

私の母は81歳になります。
3年ほど前、元々弱かった心臓が限界になり、ペースメーカーを入れる手術をし、その際に肺がんが見つかり無事摘出。
今ではすっかり元気になり、生き生きと生活しています。
 
「理想的な老後やね」というと「努力してるもん!」と言う答えが返ってきた。
食事はもちろん、できるだけ自転車に乗って足を鍛える。(自転車けっこうキツイ)
 
自転車に乗れればちょっと遠いところでも遊びに行けるので、できるだけ長く自転車に乗りたいと言っています。
要支援1の認定があるので、時々デイサービスに行っては筋トレをしているとのこと。
 
そして好きな絵を描いたり、近くに住む孫とランチに出かけたり積極的に外に出て新しい情報をキャッチしようとしています。
元々洋裁関係のお店を営んでいたので、ファッションには興味があり、ショッピングモールを歩くのも楽しいし、
お風呂に入れる入浴剤を楽しみ、美味しいコーヒーや食べ物、占いなど、小さな楽しみが沢山ある人です。
 
先日、母親に会ったとき、「長生きするのが幸せとは限らない」と言っていました。
楽しくなければ・・という意味で、自分の周りの年寄りを見て感じているようです。
 
「自分も動けなくなる日が来るかもしれない」という迫りくる老後(今も老後ですが)に危機感を感じてるように見えました。
 
どの年齢になっても努力し続けなければいけないのか、と気持ちは沈みますが、私も母のようにやれるときにやれることを頑張らなければと思います。
 
いつも為になることを教えてくれます。
 

現在のマルオ

私の父親マルオは、このブログで何度も登場しています。
マルオは現在要介護1で、ヘルパーさんや知人のおかげで頑張って生活をしています。
 
マルオの理想の計画としては、爆弾を抱えてる梗塞が爆発したときに倒れて死ぬことでした。
ところが、爆弾は爆発することなく体の自由を奪っていきました。
 
計画通りにはいきませんでしたが、非常に頑張って生活していると思います。
このままの状態が維持できれば今の生活を続けることが可能ですが、もし体の不自由が進んでしまえば「施設に入所」も考え化ければならない時が来るのではないかと感じています。
 
そうなると、マルオにとってはとても嫌な毎日が始まるのかなと。。
 
でも、施設に入ることで世話をしてくれる人がいるわけで、着替えやトイレ時に転倒するリスクも減ります。
 
家の中では動けますが、今までのように自転車に乗って自由に行きたいところへ行くことも減り、どこか元気がない。
暇を持て余す姿はなんとなく寂しいですね。
 
長生きって幸せとは限りません。
 

義父

主人の父親は現在91歳。介護認定なし。
 
最近は食事以外はほぼ寝てる。でも、あれだけ寝てるのにボケたりふらついたりしないから大したもんです。
さすがに90歳を超える人の体力が窺えます。
 
お風呂も自分で入るし、お粥も自分で作ります。
 
でも、まったく楽しいことがなさそう。
テレビを見ても耳が遠いからおそらく見てるだけ。しかも5分もすると寝てしまう。
 
起きてきたと思ったら「1日が長い」と言っています。
 
介護認定があれば、デイサービスで連れ出してもらってお風呂も入れてもらえるのに、どこも悪いところがないため、
寝て時間が過ぎるのを待つだけ。
 
義父を見てると、長生きってしんどいなって思います。
 
 

義母

義母は現在88歳で認知症で施設に入所しています。
 
以前「認知症は神様からのプレゼント」という記事を書きましたが、まったくその通りだと感じます。
楽しいこともわからないかもしれませんが、しんどいとか嫌なこととかすべて忘れていますから、それもいいのかなと思ってしまいます。
家族や介護にあたる人が大変な病気で、本人の体は健康です。
 
当人は長生きとか幸せとか考えないので、ある意味幸せな人生だと思います。
 

友人の場合

私の友人は10年に及ぶ闘病の末、若くして亡くなってしまいました。
 
友人が病気を発症した頃、私もガンが見つかりお互いに励まし合っていたのですが、ガンの性質の違いや遺伝子の違いがあり、まったく違う闘病になりました。
 
私は10年後、経過も良好で経過観察も解除され完治扱いになっています。
 
ところが友人は「遺伝子そのものが再発を繰り返す」らしく、抗がん剤などの治療も寿命を延ばすためだけのもので、
治療には至りませんでした。
 
かなり辛い闘病だったので、早くラクになりたいと思ってるのかな、と思っていたんですが、彼女は「生きたい」と言いました。
しんどいけど、もっと生きたい。
勝手な想像をしてしまって申し訳なかった。
 
でも、そう思うぐらい最後は歩くのもままならないし、やせ細っていく姿に悲しくなってしまいました。
 
長生きとは関係ないのかもしれませんが、長生きしたくても出来ない人もいる。
 
結局はその人の寿命の問題で、長生きが幸せとは限らなくても、闘病している人からすれば長生きは幸せなんですよね。
 
しんどくても仕方ない。それが寿命だから。ってことです。
 
長生きという問題でまとめるのは無理があるのですが、自分がどうなっていくのか不安でもあり、努力しなければ!と前向きに考えたりしています。
 
 

何度か登場させて頂いてる父親のマルオ。

 

現在は要介護1となり、歩けはするものの遠出とか人が多い場所には付き添い人がいてもちょっとキビシイ。

 

そんなマルオですが、若い頃から倒れるまではアウトドア派?で運動神経が良かった。

 

海沿いの家で育ったため、いくらでも泳げる。子供の頃は毎年恒例行事として海に連れて行ってもらってた。

 

泳ぎが苦手な私としてはマルオのように泳げないけれど、マルオは普段の仕事から解放されたかのようにめちゃくちゃ遠くまで泳いでたのを覚えています。

 

テントを張ってキャンプして、飯盒炊爨。今のようなおしゃれなバーベキューセットなどなかったので、簡単な網や飯盒でご飯を作って食べていた。

 

この作業は何より母親が大変だったと思います。

 

朝、起きて早々からすぐに泳ぎ出し、キャンプが終わると来るまで家まで帰る。

 

当時は高速道路も今のようにどこへでも行けたわけではないから、毎年帰りは必ず渋滞にはまっていたし、エアコンのない車の地獄だったこと。

 

それでも疲れ知らずで泳ぎ運転していた当時の父親たちはすごいなと思いますね。

 

そして、マルオは夏だけでなく冬のスキーでも活躍していた。

 

しばらく会っていなかったマルオと再会したのは70歳前後だったと思いますけど、その頃にはなんとスキーに毎年行くようになっていたんです。

 

私の娘2人を連れて何度か連れて行ってもらい、娘は勝負しても勝てないと言っていたほど上手だったようです。

 

70代でスキーにゴルフが達者だったのは大したものだと思います。(両方私が出来ないのでスゴイとしか言いようがない)

 

今介護1で好きなことが出来ないけれど、ヘルパーさんや近所の接骨院の人たちと楽しく会話をしているようで、いつも前向きで不自由な現状にも文句を言わないので、それも素晴らしいもんだと思っています。

 

月に1度顔を出しますが、次回はマルオのサクセスストーリーについて聞いてこようと思います。