滋賀県の国宝・重要文化財建造物 (4)近江八幡・竜王編 | 国宝・重要文化財指定の建造物

国宝・重要文化財指定の建造物

全国の国宝・重要文化財に指定された建造物についてのブログです。

このブログについて:

滋賀県近江八幡・竜王地域で国宝や国の重要文化財に指定された建造物のうち、私がこれまで訪問したものを紹介しています。
個人の備忘録みたいなものですが、実際に訪ねてみたら目当ての文化財が塀や樹木の陰で見えないといったことも時々あるので、ここでは、このあたりも詳しく書いて、閲覧してくれた方の参考になるように考えました。また、文化財の位置は国指定文化財等データベースで確認できますが、間違った情報も結構多いので、ここでは現地で実際に確認した座標を記載しています。
記載内容は訪問日時点のものです。情報が古くなってしまっている可能性もあり、修復工事が始まって見学できないこともあるので、注意してください。

近江八幡市
捴見寺三重塔
捴見寺二王門
旧宮地家住宅
桑実寺本堂
浄厳院本堂、楼門
奥石神社本殿
五重塔
小田神社楼門
旧西川家住宅主屋、土蔵
長命寺本堂
長命寺護摩堂
長命寺三重塔
長命寺鐘楼
長命寺三仏堂、護法権現社拝殿
八幡社本殿
蒲生郡竜王町
苗村神社西本殿
苗村神社東本殿
苗村神社境内社十禅師社本殿
苗村神社境内社八幡社本殿
苗村神社神輿庫
苗村神社楼門
勝手神社本殿
鏡神社本殿
鏡神社宝篋印塔
八幡神社宝塔

 

 

安土城址に残された禅宗寺院

捴見寺


そうけんじ
近江八幡市安土町下豊浦
捴見寺三重塔35.154168, 136.137077
室町後期
三間三重塔婆、本瓦葺
捴見寺二王門35.154091, 136.136489
室町後期
三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺

捴見寺は、安土城のある安土山中に位置する臨済宗妙心寺派の寺院です。天正4年(1576)の安土築城に際し創建されたもので、開山は信長の従兄弟、正仲剛下座元禅師です。安政元年(1854)の火災で焼け残った三重塔と二王門が重要文化財に指定されています。


三重塔:

・石部の長寿寺から移築されたものであると考えられている
・享徳3年(1454)の墨書銘によって造立が築城年代より古いことが裏付けされている

・写真上段から、第三重、第二重、初重
・各重とも中央間に扉口をつけるが、両端間の盲連子窓は初重のみにあって二、三重は省略している
・各重とも和様で、軒は二軒、組物は尾垂木付きの三手先

・中備は各重とも間斗束であるが、初重中央間のみ蟇股としている



二王門:

・三重塔とともに長寿寺から移築されたものであると考えられている
・三間一戸の楼門で入母屋造、本瓦葺

・軒は二軒で、組物は実肘木・尾垂木付きの三手先、中備は撥束

・腰組も三手先で、中備は撥束と蓑束を二段に置く
・頭貫木鼻は室町様式

・中央間頭貫上には室町様式の蟇股を置く

アクセス
JR東海道本線安土駅下車、安土城入口までは北東1.6kmです。石段を上り始めてすぐに左折すると捴見寺方面に出ることができます。
見学ガイド
捴見寺は安土城址の一部として有料で公開されています。

感想メモ
建物は他所の寺から持ってきたもので、石仏を石段にしていたりと、何とも荒っぽい話です。
捴見寺を拝観するには安土城の入城料を払わないといけないので、ちょっと割高です。ややこしいのは入城券とともに捴見寺特別拝観券も売っていて、これは本坊の宝物の拝観のためのもので、重文建築の拝観には不要なのですが、間違って買ってしまうとさらに割高になってしまいます。
(2022年11月訪問)

参考
滋賀県百科事典、現地解説板

 

 

余呉型の妻入り農家

旧宮地家住宅


きゅうみやじけじゅうたく
近江八幡市安土町下豊浦
旧宮地家住宅桁行11.3m、梁間7.6m、入母屋造、妻入、茅葺、南面及び北面庇付、とち葺
江戸後期35.150403, 136.149186

旧宮地家住宅は、もとは琵琶湖の北東、長浜市国友町にありましたが、現在は安土の近江風土記の丘に移築保存されています。宝暦4年(1754)に建てられた農家です。
・琵琶湖の北部に多い入母屋造、妻入の余呉型民家

・室内は、土座のニウジ(広間、写真手前)、ネマとザシキのアゲマ(床上、写真奥)に区切られている
・ニウジは、土を固めた土間に籾殻を深さ15cmほど置いて上に藁筵(わらむしろ)を敷いた居間をいう

アクセス
JR東海道本線安土駅下車、北東2.2kmです。
見学ガイド
旧宮地家住宅は常時自由に見学することができます。安土駅のレンタサイクルが便利です。

感想メモ
広々とした公園に移築されているので、各方向からよく見ることができました。原位置の民家はなかなかこうはいきません。こぢんまりとした均整の取れた民家です。
(2022年11月訪問)

参考
滋賀県百科事典、全国重文民家の集い公式サイト

 

 

古色を帯びた天台仏堂

桑実寺本堂


くわのみでらほんどう
近江八幡市安土町桑実寺
桑実寺本堂35.148149, 136.154089
室町前期
桁行五間、梁間六間、一重、入母屋造、檜皮葺

桑実寺は、安土駅東方の繖山(きぬがささん)の山腹に位置する天台寺院です。繖山頂上付近には巨岩が露頭していて、古代には信仰の対象となり、それが薬師如来の信仰とむすびつき衆生の病苦を救う霊場となったものと考えられています。
・正面の5間に蔀戸をつり、両側面の前寄り2間を扉口にして開放的にしている
・背面屋根は山肌に接近しているため飛檐垂木を省略して軒出を浅くしている

・軸部は円柱を貫と長押で固め、柱上に出三斗を置く
・中備は間斗束

・正面中央間のみ中備に蟇股を置く
・蟇股の意匠は左右対称の古風なもの

・外陣天井は繊細な折上小組格天井

・内外陣境は密教本堂の通例どおり格子戸、欄間をいれる

・内陣は背面中央間を戸口にするほかはすべて壁にしている
・天井は簡素な棹縁天井
・厨子は寛政年間(1789~1801)の新造

アクセス
JR東海道本線安土駅下車、山門は東2km、本堂まではさらに石段を30分程度上ったところにあります。
見学ガイド
桑実寺は、有料で拝観することができます。本堂は内陣まで入ることができ、写真撮影も禁止されていません。

感想メモ
桑実寺は繖山の山麓に位置すると記したサイトも見かけますが、山麓にあるのは山門だけで、本堂は長い石段の先です。汗だくになって石段の終点にたどり着くと、正面に古色を漂わせた立派な本堂が表れます。本堂は内陣まで入ってゆっくり拝観できるのがありがたいです。
(2022年11月訪問)

参考
滋賀県百科事典

 

 

安土宗論の舞台

浄厳院


じょうごんいん
近江八幡市安土町慈恩寺
浄厳院本堂35.137855, 136.128679
室町後期
桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、向拝三間、背面下屋附属、本瓦葺
楼門35.137477, 136.128998
室町後期
三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺



本堂:

#REF!
・近江八幡の多賀村にあった興隆寺の弥勒堂を、織田信長が安土城下建設のため天正5年(1577)にこの地に移築したもの
・弥勒堂は台密本堂のため、移築時に開放的な結界とするなど浄土宗の本堂としての体裁をととのえている
・元禄年間(1688~1704)には妻飾りを大虹梁蟇股にするほか、向拝廻りも近世らしくしている



楼門:

・三間一戸の楼門で、木鼻、蟇股の意匠から16世紀のものであると考えられている
・軒は二軒で、組物は尾垂木付き三手先
・他所から移築されたものと伝わる

アクセス
JR東海道本線安土駅下車、南西1kmです。
見学ガイド
浄厳院は常時自由に参拝することができます。本堂、楼門ともすぐ近くから見ることができます。

感想メモ
江戸期の改変で一見近世の建築のように見えますが、安土宗論よりも古い室町建築です。このお寺の建物や仏像は別々の場所から持ってきたものとのこと。信長らしい乱暴なやり方です。
(2022年11月訪問)

参考
滋賀県百科事典

 

 

万葉の森に鎮座する式内社

奥石神社本殿


おいそじんじゃほんでん
近江八幡市安土町東老蘇
奥石神社本殿35.130488, 136.161710
桃山
三間社流造、向拝一間、檜皮葺

奥石神社は万葉集に詠まれた安土の老蘇(おいそ)の森に鎮座する式内社です。本殿は天正九年(1581)の再建で、織田信長の城下町形成に 関連したものと考えられています。
・前室付き流造の構造だが、前室部分に壁を設けず開放している
・身舎の腰廻りの嵌板に格狭間が配されている

・唐草文様を透彫りした蟇股や彫刻をほどこした手挟が見られる

アクセス
JR東海道本線安土駅下車、南東3.8kmです。
見学ガイド
奥石神社は常時自由に参拝することができます。本殿は瑞垣に囲われていますが、瑞垣の格子が粗いので、全体像から細部までよく見ることができます。

感想メモ
規模の大きな社殿で、桃山建築ですが古風な意匠が見られます。
(2022年11月訪問)

参考
現地解説板

 

 

鎌倉時代の大型石塔

五重塔


ごじゅうのとう
近江八幡市安養寺町
五重塔35.097949, 136.074564
鎌倉前期
石造五重塔

五重塔は、篠原駅近くの田園地帯にあります。造立は、軸石南面の刻銘から寛元四年(1246) とされています。
・高さ4.18mの規模の大きな石造五重塔
・相輪の請花、伏鉢と九輪の最下段の部分は欠損し、後補

・台石には格狭間の中に三茎蓮を浮彫とする
・軸石各面には下方に蓮座を刻出し、その上に舟形光背を彫り、肉厚の仏座像を配 している

アクセス
JR東海道線篠原駅南口から東に500mです。国道477号線が小河川を渡った道路際にあります。
見学ガイド
五重塔は常時自由に見学することができます。

感想メモ
道端のさりげない場所にありますが、立派な鎌倉石塔です。軸部南面に刻銘があるのは分かりましたが、どの部分が年号なのかよくわかりませんでした。
(2022年1月訪問)

参考
現地解説板

 

 

古社に建つ檜皮葺楼門

小田神社楼門


おだじんじゃろうもん
近江八幡市小田町
小田神社楼門35.114669, 136.046895
室町前期
三間一戸楼門、入母屋造、檜皮葺

小田神社は近江八幡市西部の田園地帯に鎮座します。創建は明らかではありませんが、出土した須恵器から平安時代末期にはこの地に神社が存在したことが明らかになっています。楼門は室町時代前期に建てられたものであると考えられています。
・檜皮葺、三間一戸の楼門で、初重は柱間を開放している

・二軒の繁垂木で、組物は和様の尾垂木付き三手先
・腰組も三手先

・初重は格天井で、貫上も柱間を開放している

アクセス
JR東海道本線篠原駅下車、北西4kmです。近江八幡駅のレンタサイクルも利用できます。近江八幡駅からは約6kmです。
見学ガイド
小田神社は常時自由に参拝することができます。楼門も近くから見ることができます。

感想メモ
均整の取れた美しい楼門です。境内側が西日に映えて一層美しい姿を見せていました。
(2022年11月訪問)

参考
広報おうみはちまん

 

 

琵琶湖岸の山上観音霊場

長命寺


ちょうめいじ
近江八幡市長命寺町
長命寺本堂35.162687, 136.064002
室町後期
桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、檜皮葺
長命寺護摩堂35.162634, 136.064217
桃山
桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、檜皮葺
長命寺三重塔35.162482, 136.064352
桃山
三間三重塔婆、こけら葺
長命寺鐘楼35.162883, 136.063339
桃山
桁行二間、梁間東面二間、西面三間、袴腰付、入母屋造、檜皮葺
長命寺三仏堂35.162780, 136.063728
桃山
桁行五間、梁間四間、入母屋造、一重、東面渡廊下附属、檜皮葺
護法権現社拝殿35.162796, 136.063577
室町後期
桁行三間、梁間二間、入母屋造、一重、東面渡廊下附属、檜皮葺

長命寺は琵琶湖岸の長命寺山の山腹に位置する天台寺院で、西国順礼第三十一番札所でもあります。開基は聖徳太子とされますが詳細は不明です。元暦元年(1184)に佐々木秀義の菩提をとむらうため嫡男定綱が再興し、中世には一般民衆もさかんに長命寺参詣をするようになりました。永正13年(1516)の兵火で伽藍を焼失し、現在の諸堂は、その後に再建されたものです。
・写真手前から、護法権現社拝殿、三仏堂、本堂、三重塔

・写真左手前から、護法権現社拝殿、三仏堂、本堂

・写真左奥から、鐘楼、護法権現社拝殿、三仏堂



本堂:

・寺内で現存する最古の建築で、大永四年(1524)に再建されたもの
・桁行七間、梁間六間、入母屋造、檜皮葺の大型の建築
・装飾を控えた格調高い建築

・円柱を長押で固め、組物は出三斗で、中備は間斗束
・軒は二軒の繁垂木

・外陣の梁を省いた部分には手挟みを置く



護摩堂:

・慶長十一年(1606)に三重塔に続いて再建されたもの
・方三間宝形造、檜皮葺、丹塗の建築
・正面中央は棧唐戸、正面左右は連子窓で、側面中央は板扉または板戸、侧面前方は連子窓で、他は板壁という簡素な造り
・柱は全て角柱で、長押を打って固めている

・一軒の疎垂木木舞打で、組物は絵様大斗肘木



三重塔:

・天正十七年(1589)から慶長二年(1597)にかけて再建されたもの
・総丹塗の三重塔婆で、各重とも高欄付の縁を廻す
・各重とも中央間に幣軸付きの板戸を開き、第二重と第三重の両側間に連子窓を置く
・初重柱間に対して総高が高くなる近世の特徴を示す

・上段写真が第二重で、中段・下段写真が初重
・各重とも円柱を長押で固めた和様の構造
・軒は二軒で、組物は尾垂木付き三手先、中備は間斗束
・初重のみ擬宝珠高欄で、他は刎高欄



鐘楼:

・慶長十三年(1608)の再建
・入母屋造檜皮葺で、袴腰付の鐘楼
・和様を基調とし、軒、腰組重ともに三手先組物を備える

・妻飾や懸魚の形は禅宗様を取り入れている

・内部の梵鐘は鎌倉時代に遡る古鐘



三仏堂:

・渡廊下で結ばれた護法権現社拝殿と同時期の永禄頃の建立と考えられている
・桁行五間、梁間四間の入母屋造、檜皮葺で、持仏堂形式の遺構
・屋根の勾配を強め、棟高を際出させている

・軒は二軒疎垂木で、側廻りは円柱に舟肘木をのせた簡素な造り

・内部は木鼻・実肘木を入れた三斗を組む



護法権現社拝殿:

・桁行三間、梁間二間の入母屋造、檜皮葺で、切目縁を四周に巡らし、角柱に舟肘木をのせ、 二軒の疎垂木とした簡素な造り

・三仏堂へ続く渡廊下は、拝殿と同時期の建築とみられ、造りも同様に簡素
・三仏堂側につけられた唐破風及び蟇股、兎毛通の意匠が優れ、時代の特徴をよく示している

アクセス
JR東海道本線近江八幡駅からのバスで湖岸の長命寺バス停下車、長命寺までは808段の石段を上ります。
見学ガイド
拝観時間は8:00〜17:00で、境内は自由に見て廻ることができます。

感想メモ
電動アシスト付きの自転車で山上の駐車場まで上りました。さらにその先の100段の石段もなかなか大変でした。
三重塔を背景に檜皮葺の屋根が幾重にも重なるよく知られた構図は、境内の西側から撮るので、夕刻を狙って訪問しましたが、晩秋だと日が低くて、影がさしてしまっていました。
(2022年11月訪問)

参考
滋賀県百科事典、現地解説板

 

 

桃山時代の三間社

八幡社本殿


はちまんしゃほんでん
近江八幡市馬淵町
八幡社本殿35.103892, 136.109694
桃山
三間社流造、檜皮葺

八幡神社は近江八幡駅南方の田園地帯の集落に鎮座します。創設については諸説があり、不詳です。本殿は、元亀二年(1571)の織田信長の兵火による焼失後、文禄五年(1596)に再建されたものです。
・三間社流造、檜皮葺で、向拝部分は一間

アクセス
JR東海道線近江八幡駅下車、南に2.8kmです。近江八幡駅からアウトレット線、長峰線、日八線のバスを利用することができますが、いずれの路線もバス停から1kmほど歩きます。近江八幡駅のレンタサイクルも利用することができます。
見学ガイド
本殿は常時自由に拝観することができます。瑞垣の格子の隙間からの見学になります。本殿は東面しています。

感想メモ
桃山建築ですが落ち着いた意匠です。
この日は野洲駅でレンタサイクルを借りて、野洲の文化財をまわっていました。昼飯で立寄った俺のカレー食堂が近江八幡の市境に近いことに気づき、近江八幡の文化財もということで、馬渕の八幡社と安養寺の石造五重塔も訪ねることにしました。家に帰ってから気づきましたが、カレー食堂のすぐ近くには竜王町の鏡神社が。。。うかつでした。また出直します。
(2022年1月訪問)

参考
現地解説板

 

 

式内社の檜皮葺社殿群

苗村神社


なむらじんじゃ
蒲生郡竜王町綾戸
苗村神社西本殿35.065165, 136.128061
国宝・鎌倉後期
三間社流造、向拝一間、檜皮葺
苗村神社東本殿35.066287, 136.129235
室町中期
一間社流造、檜皮葺
苗村神社境内社十禅師社本殿35.065189, 136.128126
室町中期
一間社流造、檜皮葺
苗村神社境内社八幡社本殿35.065139, 136.127999
室町中期
一間社流造、檜皮葺
苗村神社神輿庫35.065097, 136.128357
室町後期
桁行四間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺
苗村神社楼門35.065082, 136.128601
室町後期
三間一戸楼門、入母屋造、茅葺

苗村神社は竜王町中部の田園地帯に鎮座します。延喜式神名帳に「長寸(なむら)神社」として列座する式内社です。現在の「苗村」の名は、寛仁元年(1017)に朝廷へ正月用の松苗を献上したことにより後一条天皇より賜ったものと伝えられています。


西本殿:

・左奥が西本殿で、右手前が十禅師社本殿
・西本殿は、鎌倉時代の徳治3年(1307)建立の三間社流造、桧皮葺の社殿
・前面を一段低い床張りとし、菱格子を入れて前室を作り、さらに一間の向拝を出す形式で、総体的に鎌倉時代後期の特徴を表す

・蟇股は左右対称の古風な意匠



十禅師社:

・天台宗護法神の一社であることから、台密勢力のもとに苗村神社社域に勧請されたと考えられている
・一間社流造、檜皮葺で。蟇股などの装飾を施さない古式をとどめた社殿
・正面に幣軸板扉を設け、他の三面を板壁とする



東本殿:

・正面は格子戸だが、少し入ったところに幣軸を廻して板扉を建てる
・東側面(向かって右)にも同様の扉口を設ける



八幡社本殿:

・西本殿の向かって左に鎮座する
・個面に幣軸板扉の出入口を設けるのは珍しい
・母屋の三面と向拝に古風な蟇股を備える



神輿庫:

・桁行四間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺
・正面と北側面に入口を設けるほかは、柱間のすべてを板壁とした簡素な造り



楼門:

・様式から応永(1394~1427)ごろの造営と考えられている
・三間一戸、入母屋造、茅葺で、規模の大きな和様を基調とした楼門
・上層の扉や連子窓も古式を示し、禅宗様の手法も混用されている
・下層は、縦横に貫で組まれるのみで、斗きょう間の小壁に至るまで開放されている珍しい様式

・強い反りがあり、先端が斜めに切られた禅宗様の軒尾垂木

アクセス
JR東海道本線近江八幡駅下車、アウトレット方面行きのバスで綾戸北下車、南に徒歩2分です。東本殿だけは少し離れた場所にあります。境内の東の県道を渡ったところが東本殿の参道入口です。
見学ガイド
境内はいつでも自由に見学することができますが、西本殿と二つの境内社は瑞垣で囲われているので、部分的にしか見ることができません。特に、西本殿は幣殿の背後にあり視角が限られます。

感想メモ
鎌倉・室町の社殿が立ち並び壮観です。国宝の西社殿は幣殿が邪魔をしてあまりよく見ることができませんでした。
(2020年10月訪問)

参考
苗村神社公式サイト、現地解説板

 

 

前室付き流造の社殿

勝手神社本殿


かってじんじゃほんでん
蒲生郡竜王町岡屋
勝手神社本殿35.046582, 136.121471
室町中期
三間社流造、向拝三間、檜皮葺

勝手神社は苗村神社南方の集落に鎮座します。社伝によれば貞観元年(859)創立の古社で、現在の本殿は明應2年(1493)に建設されたものと伝えられています。
・三間社流造の前方一間を花菱格子の壁で囲って前室とし、その前方にさらに三間の庇を出した形式

アクセス
JR東海道本線近江八幡駅下車、北口からバスで岡屋中下車すぐです。
見学ガイド
境内には自由に入ることができますが、本殿は瑞垣に囲われており、また、本殿と瑞垣の距離が短いので、建物の全体を見るのは難しいと思います。

感想メモ
細部意匠の美しい社殿です
(2020年10月訪問)

参考
文化遺産オンライン、現地解説板

 

 

前室付き本殿と珍しい意匠の宝篋印塔

鏡神社


かがみじんじゃ
蒲生郡竜王町鏡
鏡神社本殿35.086812, 136.079051
室町中期
三間社流造、向拝三間、こけら葺
鏡神社宝篋印塔35.084555, 136.078031
鎌倉後期
石造宝篋印塔

鏡神社は旧中山道が野洲との境の小高い丘を越えるあたりに鎮座します。新羅から製陶技術を伝えた天日槍を祀る神社です。


本殿

・室町中期の建築
・この地域に多い前室付き三間社流造だが、向拝部分も三間として木階を設けるのは珍しい
・身舎側面前方の間を幣軸付き板戸としている

・妻飾は豕扠首で、円柱上の彫刻入り大斗肘木で貫を受ける



宝篋印塔

・軸石の四隅に鳥形を彫り出した非常に珍しい意匠

・基礎の格狭間内に向かいあう二羽の孔雀を刻む

アクセス
JR東海道本線篠原駅南東2.3kmです。近江八幡駅のレンタサイクル利用も便利です。宝篋印塔は境内の南西500mの西光寺跡にあります。
見学ガイド
鏡神社は常時自由に参拝することができます。本殿は瑞垣越しに見ることができます。宝篋印塔のある西光寺跡は金網で囲われていますが、自由に金網内に出入りすることができるとの張り紙がありました。

感想メモ
前回、近江八幡の文化財を自転車で回ったときは、この場所に重文建築があるとは知らず、目の前の道路を通り過ぎてしまったので、今回、出直しでしたが、夕刻になってしまったので、東面している本殿は薄暗くてあまりよく見ることはできませんでした。
宝篋印塔は少し離れたところにあるということで、見つけることができるか不安でしたが、文化庁のDBの位置表示がだいたい正確だったこともあり、簡単に見つけることができました。塔身の角に鳥が掘り出された奇抜な意匠でした。
(2022年11月訪問)

参考
現地解説板

 

 

鎌倉時代の銘のある宝塔

八幡神社宝塔


はちまんじんじゃほうとう
蒲生郡竜王町島
八幡神社宝塔35.067754, 136.121855
鎌倉後期
石造宝塔(相輪上部を欠く)

八幡神社宝塔は苗村神社の西、島八幡神社の御旅所跡に建てられています。軸石に鎌倉時代の正和5年の刻銘があります。
・花崗岩製の宝塔で、現存部分の高さは1.6m
・九輪のうち八輪以上を欠損している

アクセス
JR東海道本線近江八幡駅下車、北口からアウトレット方面行きのバスで加与丁下車、徒歩5分程度です。バスの進行方向右手奥の集落に八幡神社の杜が見えるので、杜に向かって右折します。宝塔は神社の境内にはなく、そのまままっすぐ進み、集落を抜けた先の水田の中、公道から30mほどの場所にあります。苗村神社から宝塔までは徒歩10分程度です。
見学ガイド
宝塔は常時自由に見学することができます。

感想メモ
宝塔は田んぼの中の島のようなところにあって、そこまで進むには、水田と水田の間の縁石を平均台のよう使って歩くしかありませんでした。多分私有地だろうなと思いましたが、宝塔の脇に教育委員会の解説板が建てられているので、見学者が立ち入ることも想定されているのかなとか一人で言い訳しながら見学しました。
(2020年10月訪問)

参考
現地解説板