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10周遅れでライブ初体感

4月22日の僕だっち

$ウチらakb1期☆イベント勉強中!

イベント・プロデュース学校の教官「バックステージ」氏の本業は、舞台づくりのディレクターです。

本日の授業は、Shibuya O EASTで実施された「宇宙戦隊NOIZ」のライブでした。

ご学友の「いずやん」は、朝8時に現場に到着して、メンバー一番乗り。装置や機材搬入からセッティングまで、本業のスタッフと共同作業したそうです。ライブが始まった時は、すでに疲労コンパイの顔。

僕は4時に到着。ここでも、しっかり出欠席をとるのが学校らしいところ。やおらフロアーに入る。スタッフが立ち働くなかに、僕たちはピヨピヨ軍団の様子。すでにリハーサルは終盤でした。

「バックステージ」氏は、僕たち生徒に、すでに完成された舞台のPA 照明 大道具などを説明。普段の教室とちがって、本業の顔になっていて凛々しい。



さて、ライブ本番。

この、人をひきつけるパワーを何と書いたらいいのでしょう。音はつくづく、言葉で再現できないんですねぇ。

問答無用。夜労死苦。

ですから、圧倒された体が感じたことを書きます。

それは、頭より体のほうが不器用だけど正直だということ。頭はどんな虚像でも捏造することができるし、情報を大量に貯め込むことができる。いいこともあるけど、よくないこともある。信頼できることもあるけど、信用ならないこともある。でしょ?

音って、「自分で感じている自分のウソを、こなごなに砕く」んだね。

正直にしてくれる。

これって何かに似てるなぁ、そうだ、風呂上がり。ああ、サッパリして気持ちよかった。たぶん僕は、ご学友から10周くらい遅れて、ヴィジュアル系バンドを初体感したことになります。

本日は、よく眠れそうだ。






ぞーさん、渋谷へ。。

おはようございます。
昨日は、久しぶりに渋谷へ行きました。

ハチ公前に置いてある電車にも乗りました。
電車の中で座ってまったりとしていると
隣の外人さんのカップルが
にこやかな顔で、カメラのシャッターを切ってほしいと言われ、
ぞーさんもこころよく応じました。

さて、今日はなぜ渋谷に来たかというと
遊びに来たわけではございせん。
月曜の先生の関係するバンドのライブを
見学させてもらえるということではるばるやってきた次第です。

ライブハウスの中に入り目に飛び込んできたのは
宇宙空間をイメージしたような
独特の世界観が演出されている度派手なステージでした。

現場で働く月曜の先生も、
教室よりも生き生きとしているようでした。

それにしても
盛り上がっていましたねー。
ノリノリでしたねー。
お客さんの目がキラキラと輝いていました。

ぞーさんは、高校生の頃
Xが好きで友達と東京ドームライブを見に行ったのを思い出しました。
宇宙船隊NOIZは、確かに地球の平和を守っていました。
パオーン!!!叫び$ウチらakb1期☆イベント勉強中!

ライブハウス

こんばんわニコおんぷ


北山ちゃんクラスメイトのあーちゃんですきら


イベントで使わせて頂くライブハウスが、目黒鹿鳴館になりましたクローバー


鹿鳴館には何度かライブを見に行ったことがあります音符


でも、今回改めて鹿鳴館を検索して、びっくりしましたぽかんはな


1980年にオープンされたようですmusiclove


有名人がたくさんうまれたライブハウスマイメロハァト


わたしがうまれる前からあったなんてビックリ


そんな歴史深いところで出来る事が、わたしにとって凄く光栄ですニヘクルミ:にゃもん


イベント、本当に楽しみですキラ



キラあーちゃんキラ



ローカルを売り出すイタリアン

4月21日の僕だっち

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通学は、地下鉄の都営新宿線「岩本町」が頻繁に利用する駅ですが、ゆとりがある時は、隣の「馬喰横山」駅で下車します。洋服の問屋街で有名ですね。

都営浅草線「東日本橋」駅とJR「馬喰町」駅と、計3駅にかこまれたトライアングルは、問屋街の中でもメッカ。つまり小売り店鋪の人が買い付けにくる場所。シロウトはいません。

ところが、シロウトの中には「シロウトお断り」的雰囲気が好きなモノズキがいて、僕がそのモノズキです。ですから、散歩も楽しい。



学校の地元案内「新参派ショップ」第4回目は、イタリア料理のReneaレーネアというデリカテッセン&カフェ。清洲橋通に面しています。

界隈の「新参派ショップ」の代表格のような「フクモリ」の姉妹店と聞きました。

月ごとにかわる食材は、山形 新潟 長野 石川 佐賀 長崎から取り寄せています。つまり地方の食材にこだわっているのがポイント。

見つけて話をうかがっていた時間は午後3時ころ。まさに陽が射し込んで、イタリアのBARバールのようでした。

地下がレストラン、その料理人がお惣菜をつくっている、という次第。「POPには和牛としか書かれてませんが、佐賀牛や山形牛なんです」と、店長さんの説明。

「フクモリ」では、よくライブイベントが開催されます。姉妹店では、その中継をUstで流すといいますから、これから準備するイベントでも、にわかにリアリティが出てきましたねぇ。



レストランやカフェって、時間帯によって客層が変わると言われます。僕の理想は、ナポリに住んでいるような、近所の事情・万事ワケ知りの名物おばちゃんがいてくれたらなぁ、と。落ち込んでいる客がいたら「チューしてやろうか?」と言いそうな。


ぞーさんの脳を刺激する授業

よい天気ですね。にひひ


こんにちは。


初めて学校のブログを書く「ぞーさん」です。




春ですね。




学校に通い始めた頃は、二月ですから


プルプルと震えながらアキバに通っていましたが


4月になり暖かくなって


ようやくアキバというこれまであまり縁のなかった街になじんできたような気がします。


今のところ、欠席することなく通っています。




ところで


ぞーさんは、花粉症なので


目がウルウル状態で、春は好きなんですが


それだけが・・・・・・カゼ




さて、


昨日のスマイリー先生の授業では、


「常にアンテナを張る」ということが印象的でした。


企画書を作成する上で


常に社会の動向などに気配り戦略を練る


んー、あたかも戦国時代の軍師のような。




火曜日のスマイリー先生の授業は、


時に冗談もあり


ホワイトボード上での図解もあり


ぞーさんの脳を刺激してくれます。




自分のやりたいことを実現するために


説得力のある企画書を作るためには


本当にいろいろなことを考えながら作らなければいけないんだなと




本からは学べないことが、学べる、感じられる「生の授業」


んー、毎日パオーンな感じな


ぞーさんです叫び









































トナカイは1年中歌っている

4月20日の僕だっち

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最初は、通りを歩いていて、「おもしろいディスプレイだ』と、思わずニヤリとしました。オペラのポスターと、トナカイをカタチをしたネオン管がウィンドーに飾ってあったので。どういうつながりがあるの?

後日、空を見ながら散歩していると、飛び込んできました。写真にあるようにTONAKAI OPERA SALON。

TONAKAIがOPERA団をつくり、アリアを歌うのか?

OPERA好きのTONAKAIが先生になって、ヒトに教えてくれるのか?

僕はとても気になり、ビルに潜入。対応したのはTONAKAIでなくヒトだったので、ちょっとガッカリ。岩本町「地元派企業」第4弾のご報告。



早川トナカイビルは、ビルの賃貸業でした。先代のオーナーはオペラ好きで、20年ほど前にニューヨークを訪ねた折り、もちろんメトロポリタンなど劇場で鑑賞ざんまいの日々を送った。

そこに出演していたベテラン歌手が、小さなコヤでも歌っているシーンを目撃して、先代のオペラ魂に火がついた。「これだ、東京でこれからやることは!」と。

早速、食事も楽しめるオペラ・ガラ・ステージを開業。土・日を除いて、ほぼ毎日。20日現在で、4918回の上演ですから驚くばかり。隠れた名所でした。

「あの~、夜は学校があってダメなんです」

「5月24日の『リゴレット』は14時開演です」

「何時に終わりますか?」

「16時半です」

「すいません、午後4時から学校なので」

「途中退場しても、いいんですよ」

「・・・・・・・・・」



入場したら、最後まで見たいでしょ? なにしろ、初めて見るものなんだから。でも、言うのはおじけづくでしょ? なにしろ、相手は4918回もやっているんですから。

従いまして、ウィキペディアで「リゴレット」調べました。好色の領主 不具の道化 居酒屋の殺し屋って、キャストがいいですねぇ。歌舞伎と同じ、悪の華。

学校の近所に、気分的に頼りがいのあるオペラの施設。うれしいね。







なるようにならない宿題め

4月19日の僕だっち

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まいったなぁ、弱ったなぁ。

8月実施の「卒業制作のイベント」のテーマが決まり、早速、八方にいろいろ手当しなければいけない「宿題」があるのに、何もできてない。

中学・高校時代と一緒。やらなきゃいけないのに、逃げたくなる。ぐずぐずと。



サッカーのリーガ・エスパニョーラ、見ました? スペインの。

メッシとロナウドが共にペナルティキックを決めて、1対1。 順位変わらず。 スタジアムには8万を超える人がいました。

スペインに移住したくなりました。もしかしたら、闘牛以上の国技になっているんじゃないかな。



次いで、「フラメンコに手を出すな!」を読む。阿木燿子さん、江守徹さん、李麗仙さん、高野悦子さんなど、フラメンコがお好きな方々が逢坂剛さんと対談している本。

ですが、フラメンコの常識を知らないので、たびたび、則注を読む。つっかえつっかえ。

鍛冶屋がハンマーで鉄床を叩きながらリズムをとって歌うマルティネーテが、原点とありました。うれしいねぇ、こういう話は。

とはいえ、あまりに不案内なのでYou Tubeに頼りました。



数分の映像を次々と閲覧。ますます、スペインに移住したくなりました。

女性ダンサー「もっと、感じさせて」とアピールする。もどかしい言葉なんて、いらないのって。

s字形の体の動き、眉間のシワ、ひじを上げる腕の動き、顔にかかる髪、指先のメラメラ。ドレープのかかったスカートをたくし上げて、美脚は「早く! 意地悪しないで!」って激しく動く。

野卑で華麗。のめり込みました。

フラメンコ専用のライブハウスは、タブラオというのだそうです。サッカーを観戦して、タブラオで踊りを堪能して、あとはケ・セ・ラ・セ・ラ。スペイン人になりたいなぁ。

あ、そうだ、宿題。弱ったなぁ、まいったなぁ。


ジャズが聴こえてくる金物たち

4月18日の僕だっち

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岩本町「新参派ショップ」と並行して紹介している「地元派企業」。その第3弾です。

毎日散歩していると、あちこちでSUGATSUNEあるいはスガツネ工業というロゴを見かけます。MOBILE SHOWROOMというクルマもあったので、謎が深まっていきました。 一体、何の会社?

普段は岩本町駅から学校まで、好んで路地を選んで歩きます。迷いたいために。おかげで、いつまでたっても東西南北の全体像が把握できない。

そこで、今回は大通りの「水天宮通り」を歩き始めたら、ありました、SUGATSUNEショールームが。建築金物 家具金物 機械部品の会社だったんです。

僕のパーツ偏愛癖はメラメラと前のめりになって、ドアを押し開く。あぁ、宝の山。僕in Wonderland。



建築見学は、散歩の一里塚。気になった物件を見つけると、クンクン匂いを嗅ぐ犬のようになってしまう。全体のプロポーションと、細部の凝視。

ここ10年ほどはコンピュータで構造計算をするので、いわゆる骨太の建築は少なくなりました。ファサードをふくめた壁と、内装の設備もあってなきがごとき透明感のしつらえ。

ガラスを多用し、それを金具が留める。SUGATSUNEの得意分野だったんですねぇ。知らなかったぁ。
金具の光は、どうにもジャズっぽく感じました。ここで短時間でもライブができたら楽しいだろうなぁ。

ハンドル フック ヒンジ ロック アングルと、僕宝(ぼくほう)を堪能しました。



ショールームを出て、町名由来のパネルがあったので熟読。岩本町は、もともと徳川家の御用鎧(よろい)師をしていた岩井家の屋敷があったらしいのです。神田金物通りは、そのなごり。すると、SUGATSUNEが界隈に散在するのも、そのなごりと合点できました。











お歴々に期待しています

4月17日の僕だっち

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16日の夜、NHK3チャンネルで「佐野元春ソングライターズ」を見ました。 SPプロローグとありますから、これから連続して放映されるのでしょう。 歌をつくるワークショップ。

中で、RHYMESTERライムスターが登場しました。

ラップのシンガー・ソングライターです。 もちろん僕は初めて見ました。 日本語をラップに乗せるムズカシさ、「どうして、こんなことを始めてしまったのだろう」という嘆きには、けれども乗り越えようと闘っことが顔に書かれてました。

大和男子・やまとおのこは、すべからく草食系ではない。 間違えないでほしい。(キミキミ、誰に言ってんの?)



さて僕は、飛躍を楽しむクセがあるので、しばらくおつきあいのほどを。

ライムスターを見て「ティファニーで朝食を」を思い出しました。 オードリー・ヘップバーンの。  
大和女子は、彼女がしていた真珠のネックレスと、黒くて長い絹(サテンかな?)の手袋にめっぽう弱い。 繰り返し、その写真は雑誌や広告で登場しますから。

そして、映画で歌われたのがムーン・リバーでしたね。 そもそも、これが皆皆サマが誤解する始まりではなかったでしょうか、なんとなくファッショナブルって。 罪はないですが。

確かに映画はトルーマン・カポーティ大兄の原作を、ぐぐ~っと曲げたストーリーです。 大兄が表現したかったのは心の闇です。 「ホリー・ゴライトリーは自分だ」って。

ここでライムスターにもどります。 ラップって、「どうしようもねぇけど、どうにかなんねぇのか」って叫んでるんでしょ? 違うんでございましょうか? 

21世紀の吟遊詩人には、これから放映されるワークショップで、僕に「最初から『何でもあり』なんて、簡単に言わないでほしい」と見せつけてほしいなぁ。     






歌を忘れないお父さんの自信顔

4月16日の僕だっち

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そもそもは2ヶ月前、入校後にそれぞれが自己紹介した時にさかのぼります。

ご学友「めがねS」さんは、今後やってみたい企画を問われて「演歌の企画です。夢は演歌の作曲家です」と答えました。 それぞれ、ロック ジャズ アイドルなどと答えるなかで、異彩を放ってました。

訊けば「古賀メロディが好きなので」と、年齢に不似合いな答えにさらに混乱する。

「お父さんがギター弾きの流しをやっていたので」と、やっと、僕の気持ちが落ち着く返答でした。 で、にわかにお父さんに会って話をうかがいたくなりました。



2ヶ月経って、やっと実現。

昭和13年に山形県で生まれた松浦アキラさん。 子供のころから歌が好き、ギターが好き。 当時のことを想像すると、とんでもなくモダンな少年だったに違いない。 15歳の時、地元に岡晴夫が来て、その時の「逢いたかったぜ」がよかったと、僕はアキラさんの記憶力に驚きました。

昭和33年3月に上京。 ビクターの音楽学校に通いながら、夜に流しの仕事を始めたという。 昭和30年代といえば、「三丁目の夕陽・Always」の時代ですね。 貧しかったけど、こぞって高度成長に邁進した時代。

新宿を本拠地に、中野・赤羽・赤坂・神楽坂・築地とあらゆる盛り場がアキラさんの仕事場だった。

新宿だけでも、120人の流しがいたそうです。 高度成長期、おエライサんの了簡は、現代のチマチマした管理職とは違ったでしょうから、彼らの散財に浴したことは想像できます。

そして、流しには流しの矜持があった。 最低でも100~120曲を3番までキッチリ歌えること。

加えて、酔客がお店にビールでもおつまみでもどしどし注文するように促す話術。 機嫌が良かった時代の、機嫌のいいチャンチキ。 その頃大人だったら、という悔しさが僕にはあります。



お話を伺って、にわかにUtubeで岡晴夫「逢いたかったぜ」を視聴しました。 感じたのは、トーマス・フリードマン先生の「フラット化する社会」。

古今東西のことがらは、時空を超えてすべてが「現在・ここで」入手できる世の中になったということ。古いとか新しいで価値が変化する社会ではなくなったということ。

アキラさん、Utubeに登場して歌ってみませんか?