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誰にだって

わからないことはあるんだな


人によって
 
わからないことが違うんだな


自分にとってわからないことが

人には当たり前にわかったり

 
人にとってわからないことが

自分には当たり前にわかったりする


自分がどうしてもわからなくて困っているのなら

人がどうしてもわからないでいることに寛容でいるのがフェアなのだ


人がどうしてもわからないでいるってことは

自分が別のことでどうしてもわからなくて困っているのと同じくらい

その人も困っているかもしれない


人がどうしてもわからなくて困っていることは

自分が別のことでどうしてもわからなくて困っているのと同じくらい

気にかけて丁寧に対応しよう

自分がどうしてもわからなくて困り果てているときに

どうしてほしいだろうか?と考えてみよう


ただし、それは自分も人も
 
わからないことをわからないままにしていいわけではないんだ

自分がどうしてもわからないでいることを

人がまるで自分もわからないで困っているのと同じように気にかけてくれたこと

その思いやりに、自分の欲望を忍び込ませる隙なんてないんだ
 
 
自分がどうしてもわからなくて何十年もずっと困り続けているからこそ

人がどうしてもわからなくてどんなふうに困るのか

ぜんぜん違う内容でも、たとえ真逆の事柄でも

想像力で理解できるかもしれない


人がどうしてもわからなくて困っていることには

自分がどうしてもわからなくて困っているのと同じように

思いやりを示したいものだ

 
たぶん、これも、己の如く人を愛せよ、の一環なのだろう
 
 
なかなか難しいけど

少しでもできるようになりたいものだ
サラリーマンをしていたころ、予算ってのは単なるお金の使い道ではないと教わりました。

しっかりとした骨太な方針に、肉付けをしていく、財政的な裏付けを具体的につめていくのが予算論議だと思います。

まず、方針ありきなんです。

どんな夢に向かっていくのか?

その夢に向けて、来年度は具体的に何を成すのか?

その上で、これだけ見込まれる予算を何に使うのか?について、合意を形成していく過程だと思います。

ですから、予算論議そのものをできるだけ、民間でもやってるように、これは削れないだろうか?と、オープンに議論してみよう

そういうこと自体を方針として実現することもありだと思います。


科学技術のことは、不勉強な私にはよくわかりませんが、大学内で仕事をしてきた経験はあります。

科学技術の研究は、研究機関と教育機関で行われています。

私は、そのうちの教育機関を見てきたことになります。

社会科学と人文科学が主でしたが、大学相手に商売をしていると、いかに予算消化型の発想でいるかが如実に見えてくるのです。


また、私は今、専門学校に通っています。

十数年ぶりに学生として若い人たちといっしょに、教室で授業を受けています。

そうしていると、やっぱり私が学生だった頃の学校とあまり変わらないなぁと思います。

大学に比べれば、専門学校の方が社会経験のある大人が混じってるし、若いも自分自身が将来を絞り込んで来ているわけですから、大学とは違うだろうと思ってたんですが、あまり違いがないんです。

先生が尋ねても誰も答えないし、手をあげることすらためらわれます。

私は、学校に通いはじめたころは一番前に座って、先生からの問いかけにはすぐに応じていました。

エド・はるみさんが、NGKで頑張ってた話をテレビで観て、よーし、自分もやってみよう!という意気込みでした。

でも、もうやってません。
もう恐ろしくてできないんです。

自分の失敗もありますが、やっぱり、クラスメイトと助け合っていく良好なコミュニケーションを維持していくためには、先生よりもクラスメイトに向き合う姿勢を極めて明確にアピールし続けないといけない、というのが現状です。

イジメ、村八分といった日本人の国民性は、特に学校というところで露になると思います。

祖父母以前の世代から今の子どもたちにまで、すっかり深~く染み付いているように思います。

このような体質が培養され、感染していくと、どういうことになるか?未来をシミュレーションしてみてください。


このような、日本が抱えている病症は極めて根が深く、すっかり体質に染み付いてしまって、リアルタイムには自覚し難いものになっていると思います。

これを治すには、そのための、根本的な教育論議が必要ですが、研究についても予算についても、すべてに通底する、かつ、自覚し難い問題なので、これを機会に申し上げました。

みんなで予算をチェックしてみようってことは、現場の人が予算を見て、どう思うか、意見を聴いてみようということだと思います。

もっと現場からの提言があってこそ、方針が達成されるというものではないでしょうか。

ほんと苦手だ

 

口説くのも断るのも

 

 

口説くことだけ身につければいいと思って生きてきたけど、

 

そうじゃないんだな

 

今ほんと身に染みてそう思う

 

 

共に生きていけるように断ることができないと

 

共に生きていこうって口説くこともできないんだろな

 

 

こんなふうに追い込まれて、

 

初めてようやくやっとわかりかけているのだから

 

このなんともヘンテコで妙ちきりんな事態は、

 

きっと神様のお計らいだと思ってもいいんじゃないかと

 

マジで思えてくるよ