今日、ていうか、昨日書いたブログにはさっそく反応があったような気がする

 

HKには気をわるくさせてしまったのかもしれない

 

本当にまったくもってそんな邪心はない

 

むしろ、最強、最大、最高のフレーズをいただいて感謝を込めて書いたのだ

 

 

それと、牧師関係のはなし

 

日本にいるキリスト者のみなさんが日本でいきいきと生きられるようにしたい

 

ということは7月に牧師に約束している

 

10月には長崎に行って「26聖人物語」を買ってきて読んで

 

聖人たちの死を無駄にしたくない、と書いたメールを牧師に送っている

 

 

もっと前には

 

仏というものについて、

 

亡くなった人が生きている人々の中に存在するもの、というふうに書いたことがある

 

英霊についても、同様なものだと書いた

 

復活されたイエス様も、僕らみんなの中で今も生きている存在なんだと思う

 

 

だから、

 

時代を超え、世代を超えて生きておられるイエス様なんだから

 

環境も文脈も文法も、適切にシフトして今に臨むはずだと思う

 

僕はそんなふうに信じている

 

信じていることは実現できるのだろう、と思う

 

 


クリスチャンの家に生まれ、予備知識のない幼いときから聖書を読み、信仰に生きる人の本音を聞くことができました。

諸外国では信仰生活をおくることが普通ですが、現代日本においては珍しいことです。

聖書に書いてあることを、そのまま信じて、それがどんなに辛く、自分にとって都合がわるいことであっても、神様の御意志として従う

そういう生き方をされている方々が、この日本にもいるということです。

私はこのことを重く受け止め、丁寧に応答したいと思います。


つきましては、思い通りに~ となっては心苦しいのですが、みなさまにはご協力をお願いしたいと思います。

キリスト者は原則的には武力をもってではなく、奉仕をもって闘ってきたという永い歴史があります。

ですから、奉仕には奉仕で、精霊には精霊で応答するのが筋でしょう。

ハイテクではなく素手で、理知ばかりではなく精霊によって誠実に応じたいと思います。


私たちは誰だって、たまたまどんな家に生まれて、たまたま何を信じ込んで、たまたまどんな生き方をするようになるかわかりません。

日本は、様々な人々がそれぞれに生きることができる、共生可能な国であってほしいと思います。


ですから、みなさん、特にマスコミのみなさん、ご協力のほど、何卒よろしくお願い致します。

m(__)m

びっくりしたのだ

 

でも、ほんとに今は、違和感などはまったくない

 

本当にめでたいって感じが、じわぁ~っとしてきてる

 

そうなんだよな、そうなんだよな、って感じがする

 

 

本当におめでとうございます。