ドナー卵子細胞質を用いて自身の核で子供を産む方法:オックスフォード大学から世界初の治療法 | 両角 和人(生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療専門医の立場から不妊治療、体外受精、腹腔鏡手術について説明します。また最新の生殖医療の話題や情報を、文献を元に提供します。銀座のレストランやハワイ情報も書いてます。

この論文はかなり衝撃的な論文です。体外受精反復不成功に対して卵子の質が悪いので卵子を若い方から提供してもらうと遺伝的につながらないので、核は自分のものを使用し、卵子の細胞質のみを若い方から提供してもらう方法です。

イギリスで世界で初めて先駆けて報告された試験的な臨床研究です。

下の図(右側)がわかりやすいのですが、患者の核を若い方の卵子(若い方の核は除核します)に入れます。その後夫の精子を顕微授精します。胚盤胞に育ててPGTを行い正常胚を移植します。

この方法はMST( maternal spindle transfer)と呼ばれており、母親の紡錘体を移植する方法です。

紡錘体とは、真核生物の細胞分裂において、姉妹染色分体を娘細胞へ分離するために形成される細胞骨格構造で、遺伝情報の全てがここに含まれています。紡錘体を移植すると母親の遺伝情報が子供に全て伝わります。

 

以下結果です。

25組のカップルが研究に参加しています。28 回のMSTで 6人の子供が生まれました (19人の胚移植、7人の臨床妊娠)。 出生から生後12〜24か月まで間隔を置いて行われた小児の追跡調査では、発達は通常通りであることが判明しました。 DNAフィンガープリンティングにより、MSTの子供の核DNAは、卵母細胞ドナーからの影響なしに、両方の親から受け継がれたことが確認されました。

なお生まれた6人のうちの5人ではミトコンドリアが持つDNAの99%以上をドナーから受け継いでいました。残りの1人は3〜6割が母親由来でした。

 

 

ドナーの卵母細胞 122 個のうち 112 個が生存し (生存率 91%)、ICSI によって85 個が受精 (受精率 75.9%)、培養して53 個の胚盤胞 (62.4%) が得られました。合計で16 人の女性に単一正倍体胚盤胞の 19 回の移植が行われ、6 回の生児出産 (移植 1 回あたりの生児率は 31.6%、患者あたりの生児率は 24%) と、妊娠 9 週で 1 回の流産 ( 合計7回の臨床妊娠)。

この論文から言えること

反復不成功の場合卵子の質が悪いので成功しないと考え、若い方の卵子の細胞質を利用していくことは以前から動物実験では実証され、人に対して期待されていたのでそれを実際に臨床で行ったという意味で衝撃的な論文と言えます。アメリカでは禁止されている方法でしたので、(いずれ行われると予測されていたので驚きではないですが)、やはりイギリスのオックスフォード大学かという感じです。

特に除核を難なく行っているところが技術的に素晴らしいと思います。除核は私もハワイでクローンマウスを作る際に相当訓練してマスターした最高レベルの技術です。

この治療法の一番の問題点はドナーのミトコンドリアDNAをどう考えるかです。父親(核DNA)、母親(核DNA)そしてドナー(ミトコンドリアDNA)の3人が遺伝的な親にとなりますが、実際にはミトコンドリアDNAは核のDNAと比較すると情報量は少なくこの点は遺伝的に繋がりを持つ子供を希望する場合には妥協して良いと考える部分なのかと考えられています。

今回は40歳未満の女性に限定して研究をしていますが、高齢の女性や卵巣機能が低下している方に対して期待される治療法です。

今後更なる検討を重ね将来的には安全性を十分に検討した後に日本でも臨床に応用できればかなりの方が授かることができると考えられます。ただ卵細胞質にあるミトコンドリアDNAの混入(親が3人いる)により病気のリスクなど様々な大きな問題点があるので実際に日本で臨床に応用されるには相当な時間がかかると思われます。

最後に、ドナー卵子を使うこととこのMSTを比較すると理解しやすいのですが、まずドナー卵子の場合の成功率と比較するとMSTは半分の確率でしかないこと、また費用もドナー卵子の治療よりも数倍かかると予測されること、そして何よりMSTは子供に対して未知のリスクがかなりある点(それ故FDAは禁止している)を踏まえると技術的、倫理的、遺伝的に多数の問題を抱えています。妊娠がゴールではなくその子が将来に渡り健康で生きることが最も大切なことであるため、「出来ること=しては良いことではない」となります。

 

Fertility and Sterility® Vol. 119, No. 6, June 2023 

First pilot study of maternal spindle transfer for the treatment of repeated in vitro fertilization failures in couples with idiopathic infertility