筑波サーキット/筑波モーターサイクルスポーツ振興会 | 坂田和人 オフィシャルブログ Powered by Ameba

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11月23日(水)は、筑波モーターサイクルスポーツ振興会 (TMCS) 主催の「青木宣篤ライディングスクール」が筑波サーキットで行われまして、インストラクターとしてお仕事をしてきました。

 

今回のメインインストラクターは、青木宣篤選手です。

現在は、スズキのMotoGPテストライダーとして有名ですよね。世界グランプリ時代 (世界GP) は、サテライトチームからの参戦1年目 (1993年)で、GP250クラスで優勝を飾ったり、GP500クラスでも素晴らしい成績を残しています。

2001年からはブリヂストンタイヤがMotoGPタイヤを作り始めた時に、青木宣篤選手は、MotoGP用ブリヂストンタイヤの先行開発ライダーを担っていたのです。昨年までブリヂストンタイヤは、MotoGPでは素晴らしい功績を治めましたが、彼らの力は大きかったことでしょう。

 

 

<今回のメインインストラクター/青木宣篤選手>

 

 

実は、1988年 筑波選手権のGP125クラスにおいて、私と同じ年にレースデビューして同じクラスに参戦していたのです。所謂、同期です。

当時の年齢は、私が21歳、宣篤が16歳。宣篤は高校生ライダー、または青木三兄弟としてとても有名でした。

 

宣篤は、優勝回数が圧倒的に多かったのですが、1度の転倒ノーポイントがあり、結果的に私が全戦で表彰台を獲得して、筑波選手権 GP125クラスのチャンピオンとなりました。

 

お互いにRS125Rという市販レーサーのノーマル車両で、当時の国際A級クラス (現:国際) と同じタイムを出して争ってました。今では、とても楽しい思い出です。

 

当時、ロードレースのライセンス区分は、「ノービス」「国際ジュニア」「国際A級」と3区分のライセンスがあったのです。国際A級ライダーのバイクのみ、カウルのゼッケンベースに赤色を使用することが出来て、ノービスライダーは「赤ゼッケン」に憧れたものでした。

今では「国内」「国際」の2区分のライセンスのみ。レース人口が減り、3区分のレースを行っても成立しなくなったのでしょう。

 

 

話が逸れましたが、今日の最高気温は10度ほど、朝夕は気温が一桁でした。そして、晴れ間はなくとても寒くい1日でした。

不幸中の幸いだったのは、雨が降らなかったことです。

 

 

<朝のブリーフィング風景>

 

 

それでも参加者の方は、一生懸命に走行してましたし、ワンポイントレッスンでは熱心に聞き入っていたのがとても印象的でした。

 

<タイムスケジュール>

 

 

フリー走行の合間にスタート練習があります。

普段、味わうことの出来ないシグナルを利用してのスタート練習です。

 

 

<緊張のスタート練習風景/さらに画像の後方にも並んでいます>

 

 

筑波サーキット コース1000の良いところは、コース全長が短いため、効率よく反復練習が沢山行えることです。またコース2000に比べて1周のアベレージスピードが低いため、サーキット経験の浅い方にも安心してサーキット走行を楽しむことが出来ます。

 

このスクールは、ビギナーの方からサーキットを走られる方まで、クラス分けにより幅広いニーズにお応えしているスクールです。

 

今回も登録車の方が多くを占めております。1日に4本の走行時間があり、多くのインストラクターがつき、何より参加料金設定がとても安いです。

 

ご興味のある方は、筑波モーターサイクルスポーツ振興会 (TMCS) へアクセスしてみて下さい。

 

 

筑波モーターサイクルスポーツ振興会 (TMCS) 主催の「ライディングスクール」にご参加された皆様、お疲れ様でした。無事に家路に就かれたでしょうか。

またのご参加をお待ちしております。