ニューヨーク物語 121 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ



5日ぶりに『たっぷり寝た』気がした。


昨日に比べ、頭がスッキリしている。


『少し、熱下がったみたいな気がする…。』


ベッドから起き上がり、リビングに出て行くと、既にAも妹さんも起きていた。

「あ、おはよう!」


私に気付いたAが声を掛けた。


「おはよう。」


多少、ばつの悪い思いで答える。


「なんか昨日より顔がスッキリしてない?気分はどう?」


「お陰さまで。何か…少し熱が下がったみたいだ。」


「ホント?良かった!何か食べられそう?」


そう聞かれた私は、急に空腹を覚える。


「うん。」


「じゃあ、朝食の支度するから、そこに座ってて。」



私は何日かぶりに、普通に食べ物を口にし、腹におさめる事が出来た。


吐き気も起こらない。


Aに朝食をご馳走になった後、私は礼を言い、タクシーに乗り帰宅した。


「油断しないで、寝てなよ?」


Aにそう言われ、私は帰宅後すぐに横になる。


喉は依然、痛みが酷かったが、熱が下がったせいか、少し楽である。



夕方、ジョディーとスコットが帰って来た。


「ホントね。少し熱が下がってる。良かったわ。」


ジョディーは体温計を見ながら言った。


「朝食べてから、何か食べた?」


「ううん。寝てた。」


「何か食べる?」


「うん。食べてみようかな…」


この日の晩も、ほんの少しではあるが、食べ物を口にする事が出来た。


「快方に向かって、良かったわ!」


ジョディーとスコットが顔を見合わせ、お互いに一安心、と言った表情を交わした。




翌日、友人達が4~5人で見舞いに来る。


「もう1週間近く休んでるけど、具合はどお?」


「うん。少しずつ良くなってると思う。」


「みんな心配してるよ。」

「うん…ありがとう。」


この日来てくれたのは、カズシ筆頭にほぼ日本人。


その中に一人、ハワイ出身の日系アメリカ人のシェリーがいた。


「あのね、カズミ。貴方が食べられる様になったって聞いて…」


シェリーが手荷物の中を探りだした。


「これ…作って来たの。」


シェリーが差し出したのは、おにぎりだった。


「わぁー!おにぎりだ!」


私は思わず、喉の痛みも忘れて声を張った。


日本に居れば、珍しくもないおにぎりだが、気が付けば2年ぶりに見る。


何とも懐かしい気持ちで一杯になる。


「シェリーが作ってくれたの?」


「うん…初めて(笑)。だから美味しいかどうか分からないよ。」


一見して東洋人とは言え、彼女はれっきとしたアメリカ人。


日頃はおにぎりなど食べない。


「日本人って、病み上がりとかにはやっぱり、ご飯が食べたくなるって聞いたから。」


「凄い!アメリカンが握ったおにぎりだ!」


カズシが笑う。



私はベッドの上で半身を起こし、そんな私をみんなが囲んでいる。


みんなも思い思いに、見舞いの品を手荷物から出し始める。


「なんか…誕生日みたいだな、カズミ(笑)?」


カズシがまた笑う。



談笑が続く中、私が言った。


「シェリーのおにぎり、食べてみてもいい?」


するとシェリーが


「勿論よ!あ…カズミの分しか無いからね!」


と、周りを見ながら言った。


私は、みんなが見守る中、シェリーのおにぎりをパクついた。


心配そうなシェリー。


「美味しい…」


本当にシンプルな『日本の味』を口にしていなかった私は、その事実を改めて実感する。


おにぎりに飢えていた訳ではないが、一口食べた瞬間に、ふわーっと広がる懐かしさ…。


几帳面に三角に整えられたシェリーのおにぎり。


初めて握る三角形のおにぎりは、さぞや大変だったろう。


私は、シェリーが悪戦苦闘しながら、このおにぎりを握る様を思った。



『有難い…』


私はシェリーのおにぎりをパクつきながら、そう思うのだった。


「ニューヨークが…」


シェリーが、おにぎりを頬張る私を見ながら言った。


「カズミを日本に帰したくないんじゃない…?」


私は喉の痛みを堪えて、飯粒を飲み込む。


「こんな…帰国間際に、体調崩すなんて…きっとニューヨークが『日本に帰るな』って言ってるのかも…。」


「シェリー…」





みんなが帰った後、私は思う。


この2年…


ニューヨークに滞在したこの2年は、日本に居る10年分に匹敵して尚、余りある収穫だったのだ…と。


全ての刺激、苦労、喜び、友情、愛情、涙…


全ての経験と体験は、日本に居ては決して得る事が出来なかった事ばかりである。


シェリーは、さも、ニューヨークが生き物であるかの様な物言いをした。


それは、変な表現ではあるが、その場に居合わせた誰も、反論出来ない表現でもあった。


ニューヨークは、擬人化したくなる様な街なのである。


私は思う。


この街に来れた事、この街で生活出来た事は私にとって、如何に貴重な事であり、此処でこうして、心優しい人々に出逢えた事は奇跡に近く、あの時『ニューヨークに行く!』と決断しなければ、無かった出逢いである事。


それを知らずに日本に居れば、こうした人々と、一生知り合う事は無かったであろう事。


私が得た、ニューヨークでの体験は唯一無二であり、この先、決して色褪せないであろう事。


そして、それら多くの体験は、様々な人々に支えて貰えてこそ、成し得た事なのだと言う事。


そして私は思う。


この先、自分が如何なる道を進もうと、このニューヨークで得て来た全てを活かさなければならない…と。


単なる『いい思い出』だけで済ませてはならない…と。




「!?」


様々な事に思いを馳せていた私を、いきなり不快感が襲う…。


私は慌ててベッドから抜け出した。


バスルームに駆け込む。




私は再び、強烈な吐き気を催す。



「カズミ?どうした?」


スコットの声が背後に聞こえた。


私はせっかくのシェリーの友情を吐き出してしまった…。


身体に力が入らない…。


スコットが私の身体を支える…。


「凄い熱だ…。」


スコットがジョディーを呼ぶ声がするが…


それはまるで…


何キロも遠くから聞こえている様であった…。


私は…


そのまま…


気を失った…。