5日ぶりに『たっぷり寝た』気がした。
昨日に比べ、頭がスッキリしている。
『少し、熱下がったみたいな気がする…。』
ベッドから起き上がり、リビングに出て行くと、既にAも妹さんも起きていた。
「あ、おはよう!」
私に気付いたAが声を掛けた。
「おはよう。」
多少、ばつの悪い思いで答える。
「なんか昨日より顔がスッキリしてない?気分はどう?」
「お陰さまで。何か…少し熱が下がったみたいだ。」
「ホント?良かった!何か食べられそう?」
そう聞かれた私は、急に空腹を覚える。
「うん。」
「じゃあ、朝食の支度するから、そこに座ってて。」
私は何日かぶりに、普通に食べ物を口にし、腹におさめる事が出来た。
吐き気も起こらない。
Aに朝食をご馳走になった後、私は礼を言い、タクシーに乗り帰宅した。
「油断しないで、寝てなよ?」
Aにそう言われ、私は帰宅後すぐに横になる。
喉は依然、痛みが酷かったが、熱が下がったせいか、少し楽である。
夕方、ジョディーとスコットが帰って来た。
「ホントね。少し熱が下がってる。良かったわ。」
ジョディーは体温計を見ながら言った。
「朝食べてから、何か食べた?」
「ううん。寝てた。」
「何か食べる?」
「うん。食べてみようかな…」
この日の晩も、ほんの少しではあるが、食べ物を口にする事が出来た。
「快方に向かって、良かったわ!」
ジョディーとスコットが顔を見合わせ、お互いに一安心、と言った表情を交わした。
翌日、友人達が4~5人で見舞いに来る。
「もう1週間近く休んでるけど、具合はどお?」
「うん。少しずつ良くなってると思う。」
「みんな心配してるよ。」
「うん…ありがとう。」
この日来てくれたのは、カズシ筆頭にほぼ日本人。
その中に一人、ハワイ出身の日系アメリカ人のシェリーがいた。
「あのね、カズミ。貴方が食べられる様になったって聞いて…」
シェリーが手荷物の中を探りだした。
「これ…作って来たの。」
シェリーが差し出したのは、おにぎりだった。
「わぁー!おにぎりだ!」
私は思わず、喉の痛みも忘れて声を張った。
日本に居れば、珍しくもないおにぎりだが、気が付けば2年ぶりに見る。
何とも懐かしい気持ちで一杯になる。
「シェリーが作ってくれたの?」
「うん…初めて(笑)。だから美味しいかどうか分からないよ。」
一見して東洋人とは言え、彼女はれっきとしたアメリカ人。
日頃はおにぎりなど食べない。
「日本人って、病み上がりとかにはやっぱり、ご飯が食べたくなるって聞いたから。」
「凄い!アメリカンが握ったおにぎりだ!」
カズシが笑う。
私はベッドの上で半身を起こし、そんな私をみんなが囲んでいる。
みんなも思い思いに、見舞いの品を手荷物から出し始める。
「なんか…誕生日みたいだな、カズミ(笑)?」
カズシがまた笑う。
談笑が続く中、私が言った。
「シェリーのおにぎり、食べてみてもいい?」
するとシェリーが
「勿論よ!あ…カズミの分しか無いからね!」
と、周りを見ながら言った。
私は、みんなが見守る中、シェリーのおにぎりをパクついた。
心配そうなシェリー。
「美味しい…」
本当にシンプルな『日本の味』を口にしていなかった私は、その事実を改めて実感する。
おにぎりに飢えていた訳ではないが、一口食べた瞬間に、ふわーっと広がる懐かしさ…。
几帳面に三角に整えられたシェリーのおにぎり。
初めて握る三角形のおにぎりは、さぞや大変だったろう。
私は、シェリーが悪戦苦闘しながら、このおにぎりを握る様を思った。
『有難い…』
私はシェリーのおにぎりをパクつきながら、そう思うのだった。
「ニューヨークが…」
シェリーが、おにぎりを頬張る私を見ながら言った。
「カズミを日本に帰したくないんじゃない…?」
私は喉の痛みを堪えて、飯粒を飲み込む。
「こんな…帰国間際に、体調崩すなんて…きっとニューヨークが『日本に帰るな』って言ってるのかも…。」
「シェリー…」
みんなが帰った後、私は思う。
この2年…
ニューヨークに滞在したこの2年は、日本に居る10年分に匹敵して尚、余りある収穫だったのだ…と。
全ての刺激、苦労、喜び、友情、愛情、涙…
全ての経験と体験は、日本に居ては決して得る事が出来なかった事ばかりである。
シェリーは、さも、ニューヨークが生き物であるかの様な物言いをした。
それは、変な表現ではあるが、その場に居合わせた誰も、反論出来ない表現でもあった。
ニューヨークは、擬人化したくなる様な街なのである。
私は思う。
この街に来れた事、この街で生活出来た事は私にとって、如何に貴重な事であり、此処でこうして、心優しい人々に出逢えた事は奇跡に近く、あの時『ニューヨークに行く!』と決断しなければ、無かった出逢いである事。
それを知らずに日本に居れば、こうした人々と、一生知り合う事は無かったであろう事。
私が得た、ニューヨークでの体験は唯一無二であり、この先、決して色褪せないであろう事。
そして、それら多くの体験は、様々な人々に支えて貰えてこそ、成し得た事なのだと言う事。
そして私は思う。
この先、自分が如何なる道を進もうと、このニューヨークで得て来た全てを活かさなければならない…と。
単なる『いい思い出』だけで済ませてはならない…と。
「!?」
様々な事に思いを馳せていた私を、いきなり不快感が襲う…。
私は慌ててベッドから抜け出した。
バスルームに駆け込む。
私は再び、強烈な吐き気を催す。
「カズミ?どうした?」
スコットの声が背後に聞こえた。
私はせっかくのシェリーの友情を吐き出してしまった…。
身体に力が入らない…。
スコットが私の身体を支える…。
「凄い熱だ…。」
スコットがジョディーを呼ぶ声がするが…
それはまるで…
何キロも遠くから聞こえている様であった…。
私は…
そのまま…
気を失った…。