ニューヨーク物語 108 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ





さて、少し時を遡ろう。


ダニエルのショーのリハーサルに突入する前…


4月半ばに、話を巻き戻す事にする。




ジョディーの事であるが、彼女には一時期、日本人の板前で、ヒロシくんと言う彼氏が居た。


「彼氏」と言うとジョディーは、大いに否定し…


「彼はいい人だけど、そういう対象とは違うわ。」


と言い張った。


「いいお友達よ!」


しかし…


ヒロシくんの方は、かなりジョディーにお熱…と言うか…


ジョディーと真剣に付き合いたいと思っていたのである。


彼は非常に真面目で、とても穏やかな人柄。かつ、朗らかでもあったので、私達ダンサー連中とも、あっという間に仲良くなったのである。


ジョディーがヒロシくんと、どの様にして出会ったのか?その経緯は忘れてしまったが(確か、ジョディーのバイト先のカイロプラクティックにヒロシくんが治療の為に訪れたのがキッカケではなかったか?と思う)、例によって、ある日のジョディー開催のホームパーティーにヒロシくんは現れたのである。


勿論、ジョディーが誘ったのだ。


『いいお友達』として…。


「ジョディーはそう言うけどさ…ヒロシくんの方は…かなりジョディーの事を気に入ってると思うよ?」


と、私が言うと…


満更でもない表情を浮かべながらも…


「そんな事ないわよ。」


と、やんわり否定を繰り返すジョディーなのであった。


そんなある日の事、ジョディーが言った。



「みんなでボストンの私の実家に行きましょう!」


「え?ボストン?」


「そうよ。もうすぐジューイッシュのお祭りなの。家族でちょっとしたお祝いをするの。」


「そんな家族の催しに、僕らが参加していいの?」


「家族の他に、親しい人達を招待してお祝いするお祭りなのよ。」


私はシャザームの仕事で、何度かボストンを訪れた事があったが、街中を散策する時間はなかったので、いずれ機会があれば是非、ゆっくり訪ねてみたいと思っていた街であった。


「ヒロシくんと二人で行かなくていいの?僕ら邪魔じゃない?」


私がわざと意地悪く言うと…


「カズミ、私はホントに、彼の事をお友達以上には考えられないのよ。」


と、肩をすくめた。


こうして、私達はレンタカーを借り、マンハッタンからボストンへの長距離ドライブに出掛ける事になったのである。


ジョディー、私、パトリシア、アケミ、当時ウチにステイしていたエイジ、キミちゃん、そしてヒロシくんの7人と言う大所帯であった。


『ジョディーは、ああ言ってるけど…こんな風にボストンの実家にまで誘ったりしたら、ヒロシくん、ますます「脈あり!」って思うんじゃないかなぁ…。』


私は内心、ヒロシくんに同情していた。


勿論、ジョディーがヒロシくんに気を持たせて楽しんでいる…などと言う事は、断じてない。


そして、ヒロシくんの方からジョディーに対して、特別なアプローチがあった訳でもない。


しかしながら…


誰の目にも、ヒロシくんがジョディーをとても気に入っているのは明らかだった。


『ま…俺が口を挟む問題じゃないけど…。』


ともあれ、私達大所帯はボストンに向けて出発したのである。


しかし…


この旅程の中、私は幾度か、ヒロシくんのジョディーに対する思いが、益々高まって行くのを感じる事となった。


『彼とは、いいお友達よ。』


ジョディーはホントに、そうとしか考えていない様子…。


私は、ヒロシくんに対する同情の念が高まる一方。


そして私は、時折…


「ジョディーって、どんな食べ物が好きなのかなぁ?」


とか…


「ジョディーは何色が好きなの?」


と言った質問をヒロシくんから受ける羽目に陥ったのである。


私は非常にばつの悪さを感じ、なんともやるせない思いをしたものである。



『なんか…こういう役回りって…ツラいな…。』


私は極力、ヒロシくんから離れて行動する様に、出来るだけヒロシくんと二人にならない様に、気を回したのだった。


そうして、なんやかんやと、ドタバタの3泊4日のボストンツアーを満喫し、私達はニューヨークに帰還したのである。


ヒロシくんとすれば、もっと私から、ジョディーに関する情報を集めたかったに違いないが、ジョディーの思いを聞かされている私としては、逆にヒロシくんからの質問を避けたい所だった。



ニューヨークに戻った後も、二人にはこれと言った進展は無い様だったが、ヒロシくんはなんやかんやと、ウチに足繁く訪れる様になった。



『その気が無いなら、こういうのって…酷じゃないかな…?』


と、些かハラハラした私は、ヒロシくんが来ると自室に籠った。


ヒロシくんへの同情からなのか、いつの間にか私は、彼を応援したくなっていたのかも知れない。


『ヒロシくんはホントにいい人だよね。ジョディーとも、なかなか似合いだと思うんだけどな…。』


ジョディーとヒロシくんを二人きりにすべく、いつも自室に籠るのが常となったある日…。


ジョディーが言った。


「カズミ、なんか…変に気を使わないでよ。」


私は、ややアタフタしながらとぼける。


「え?な…何が?何の事さ?」


「ヒロシが来ると、貴方、部屋に籠るじゃない。」


「あ…だってさ…ホラ!ヒロシくんはジョディーに会いに来てんだしさ…。」


「あたし達二人じゃ、なかなか会話が進まないのよ。貴方が間に居て言葉の補佐をしてくれると助かるんだけど…。」


「へ?どういう事さ?」


「ヒロシ…英語が殆ど話せないのよ。なかなか上達しないの。」


「ええ!?だって彼、俺より長くニューヨークに居るんでしょ?確か…4年目…って言ってなかったっけ!?」


「そうよ。でも彼、仕事柄、英語を覚える機会も、使う機会も無いのよ。だから、貴方の何分の一も話せないの。」


私は『なるほど、そうか!』と相槌を打ちながらも、やや不思議であった。


『うーん…でもな…いくらなんでも4年も居れば…少しは…ってか…じゃあ…一体今まで、二人はどんな風にどんな会話してたんだぁ?』


やや聞きづらかったが、私はジョディーに尋ねた。


「でも…じゃあ…ヒロシくんが来るとどんな話するの?」


「殆ど英語の授業。」


「は?英語の授業?」


「そうよ。だから…はっきり言って、疲れて来た訳よ。退屈になって来ちゃって…。」



嗚呼…ヒロシくん…


せっかく気を利かせて来たつもりだったのに…。




後日、ヒロシくんは言った。


「4年目と言ったって、仕事場じゃ、あまり喋らないし…周りも日本人ばっかだからなぁ…。」


私は頷く。


「板前さんだもんね。」


「でも…流石に4年目だし、もう少し英語を話せる様に頑張ろうと思うんだ!」

「仕事、忙しいんでしょ?どうやって英語習得するの?」


私が聞き返すと、彼は言った。


「うん!休みの日に英語の学校に行こうかと思うんだ!ジョディーとも、もっと話せる様になりたいし!」

なんとも健気な人だと思ったが…


同時にあのジョディーの…


やや疲労した顔が頭に浮かんだ私…。


頑張れ!ヒロシくん!


と、心の中で叫ぶ。



ある日の事、いつもの様に我が家を訪ねて来たヒロシくん。


しかし何やら、いつもの彼とは何処と無く様子が違う。


ジョディーに頼まれて以降、私はヒロシくんが訪問して来ても自室に引き下がる訳に行かなくなった。


はじめは、当たり障りのない会話をしていた私達だったが、やはりどうもヒロシくんの様子がおかしい。


ジョディーが座を外した時に、私はヒロシくんの脇を小突いた。


「どうかしたの?何か変だよ、今日。」


「え?あ…ああ。実はその…ね…。今日こそハッキリしようかと思って…ね。」

「え?」


「いや、だからさ…ジョディーとの事をさ…。」


私は、席を外す事にした…と言うか、外さざるを得ない状況である。


「じゃあ俺、自分の部屋に行くから。」


私は立ち上がった。


そこへジョディーが戻って来る。


「サラダよ、カズミ。食べないの?何処に行くのよ?」


「ヒロシくんが、話があるってさ。」


「え?」


「俺、部屋に居るから。」

私は自室に入った。


『大丈夫かなぁ…?ヒロシくん…。』


私はベッドにゴロリと横になると、テレビをつけた。

しかし、隣の部屋の二人の事が気になって、どんな番組を見ているのか、私はまるで分かっていなかった。


余談だが、この頃の私の部屋は、ダニエルから譲り受けた品々に寄って、かなり充実しており、テレビやらオーディオプレーヤーなども揃っていた。


ダニエルが新しいアパートに引っ越す際に、古い品々を私にくれたのである。



そして、小一時間も経った頃、ジョディーが私を呼ぶ声がした。


「カズミ、ヒロシが帰るわよ。」


私は自室のドアを開けると顔を出した。


ジョディーとヒロシくんが並んで立っている。


「もう帰るの?」


私が聞き返すと、ヒロシくんは寂しく笑顔を見せた。

「うん。またね。」


私とジョディーは、ヒロシくんを見送った。


玄関のドアを閉じた後、一呼吸入れて私が尋ねる。


「で?」


「彼はいい人よ。」


「うん。そう思うよ。」


「でも…お付き合いは出来ないわ。」


「ヒロシにそう言って断ったの?」


「ええ。」



ジョディーと私は、リビングのフロアに座り込んだ。

ジョディーが話してくれた所に寄ると、ヒロシくん、ジョディーに結婚を前提とした付き合いを求めて来たと言う。


「それって…ある意味プロポーズじゃない!?」


「そうね…。」


『ヒロシくん…一気に攻めこんだなぁ!』


私は帰りがけのヒロシくんの寂しげな笑顔を思い出した。


「断ったんだ?」


「ええ。」


「本当にいいの?それで?」


「ええ。何度も言って来た通りよ。」



私は何やら、ガッカリした様な…ホッとした様な…不思議な感情であった。


ジョディーはやや神妙な表情を浮かべた。


「この先…ジョディーにはもっといい人が現れるよ、きっと!」


「そうかしら?」


「そうさ!」


「ありがとう。カズミ。」


確かにヒロシくんはいい人だ。


しかし、ジョディーがピンと来ないならば仕方がない。


『ジョディーには幸せになって欲しい…。』


私は、ジョディーにハグをした。