ニューヨーク物語 98 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ




消えた音は帰って来なかった。


私達は諦めて、一度舞台袖に引っ込む。


「何かトラブルか?」


私達は正に出鼻を挫かれた格好で、暗い舞台袖で所在不明に彷徨いた。


私は…


口から飛び出してしまいそうだった心臓が元の位置に戻り、何やら不思議な安堵感を覚えていた。



『音が消えたのが、始まったばかりの所でまだ良かったのかも知れない。』


私は、気持ちが落ち着くとそう思った。


もしも、ナンバーの後半に差し掛かっていたら引っ込みもつけ辛かったろう。



ほんの数分後、舞台袖に居たスタッフから声がかかった。


「よし!出直しだ!みんな位置に居るか?」


「いるよ!とんだウォームアップだ(笑)!」


ダグが笑う。


『よし!気持ちを引き締め直そう!』


私はグッと両拳に力を入れた。


一時明るくなっていた客電(客席の明かり)が再び落ちて、客席が暗くなる。



音がかかる…。


照明がステージを照らした。


私達は気を取り直して、再びステージへと出て行った。


反対側の袖から、数人の女性達も出て来る。


C・Cとの距離が縮まる…

彼女と目が合った…



と…


再び音が途絶えてしまった。


「Why!?」


思わずC・Cが声を上げて踊りを止めてしまった。


ざわつく会場。


私達はステージの上から、再び客電が点くのを認めると、仕方なく舞台袖へと引っ込む。


「なんだよ、一体!?」


今度は皆、口々に騒ぎ始めた。


一気に苛立ちの空気が舞台袖周辺に広がった。


恐らく、反対側の舞台袖でも同じ様な状態になっているだろう。


一度ならず二度までも音が消えてしまうとは…。




私は今も、陸上競技などでフライングが発生した現場をテレビで見る度に、この時の出来事を思い出す。


緊張感もピークに達したスタート直後のフライングを告げるピストルの音は、見る者でさえ、その気を大きく殺がれてしまう。


選手達においては、心中如何ばかりか?と、同情の念を禁じ得ない。





私達は暫し、ああだこうだと騒いでいたが、前回の待機時間を上回る時間が経過すると、誰からともなく寡黙になり、身体が冷えない様にストレッチを始めた。


『イヤだな…こんな風にケチがつくなんて…』


私は完全に苛立っていた。

『舞台稽古では何ともなかったのに…なんで本番でトラぶるのさ!』


私の苛立ちは、しっかりと音響スタッフに向けられていた。


『何してくれてんだよ!』


私の苛立ちが上昇し始めた時、舞台スタッフから声がかかった。


「みんな、スタンバイだ!」


「もうウォームアップはごめんだぜ?」


今回はダグも笑ってはいない。


私達は自分の出の袖に向かう。



私はフッと強く短く息を吐いた。


緊張と苛立ちを身体の中から追い出したかった。


時折、客席からブーイングも聞こえて来た。


客電が落ちても尚、客席のざわめきが消えない。




音がかかる…。


ステージに照明が入った。

きっかけの音。


私達はステージへと出る。


反対側の袖から、女性達が出てくる。


C・Cと目を合わせる。


『頼む!!音よ!止まるな!!』


私は心の中で懇願していた。


C・Cの目付きが、さっきよりも弱い…。


やはりボルテージが落ちたのだろうか?



そう思った瞬間…



音は三度消えた…。



客席から『Oh!No!』と言う落胆の声が聞こえた。



一早く見切りをつけたC・Cが客席に向けて一礼して、袖に戻る姿が見えた。



私は言葉を失った。


いや…


なんの感情も無くなっていたかの様に、呆然としてしまっていた。



「Again!?」


客席のざわめきが大きくなり、私は客席を見た。


客電が点いており、客席を離れる客の姿が見えた。



『ダニエルはどうしてる?』


私は、客席に居るであろうダニエルの姿を探したが、何処にも見当たらなかった。


音響室にでも駆け込んでいるに違いない。



気性の激しいダニエルの事…



音響スタッフの胸ぐらを掴んでいる頃かも知れない。



そんな事をボーッと思っていると、誰かが私の肩を掴んだ。


「一度楽屋に戻るぞ。」


振り返るとダグだった。


私はダグに背中を押される様に、ステージを降りた。



『こんなのってないよ…こんなのって…』



私は『意気消沈』と言うものを初めて体感していた…。