オーディション…
ある意味、本番のステージを踏むよりも緊張し、日頃のクラスとは比べ物にならない程の火花が散る場所。
沈黙と重たい空気、鼓動と汗が滴る音、何も見えなくなる瞬間、頭の中が真っ白に染まる落とし穴…。
そして…
歓喜と落胆…
それぞれの涙…。
その日、私はダニエルのダンス公演のオーディション会場に居た。
ステップスのスカラー仲間、知人友人、見た事のある奴、ない奴…。
白人、黒人、プエルトリカン、東洋人…。
一体、どのくらいの人数が集まったのか?
実は私は、この日の詳細を全く!と言っていい程に覚えていない。
覚えているのは…
オーディションが行われたビル内部のスタジオ風景と、そのスタジオの鏡に映った私の踊る姿。
そして…
はっきりと別れた明暗がもたらした、何とも言えないやりきれない思いである。
当時の私とジョディーは、新たなルームメイトにジャックとアケミを迎えていた。
ジャックは白人のアメリカン。
背が高く、非常に温厚で朗らかな人物である。
彼もまた、ブロードウェイミュージカルの舞台を目指していた。
アケミは、私が19歳当時からの友人の一人で、現在も私と同じBroadway Dance Centerでインストラクターを勤めている。
私達、一つ屋根の下に住む4人は、このオーディションに挑んだ。
何も覚えていない…
それは、私にとって人生最大と言えるであろう緊張感のせいである。
しかし同時に、あれほどまでに、振付そのものに集中した事もなかったのではないか?と思える。
ワサワサと様々な人種が入り雑じったスタジオ内での振付も、私は他に気を取られる事もなく、ただひたすらに、鏡の中の自分と対話していた。
ざわめくスタジオ内の雑音も、私の耳には一切届かず、私の耳がとらえているのはただ、ダニエルの声と音楽のみであった。
私は果たして、誰かしらとの会話も持った筈だが、何も覚えていない。
何かしら感情はあった筈だが、全身が心臓と化したかの様な緊張感しか覚えていない。
私は…
ただ…
無心で踊った。
オーディションの結果、その合否はその場で出された。
私は合格した。
19歳でダニエルに出会い、そのダンススタイルに憧れ、ダニエルの人柄に引かれ、ひたすら彼を、彼のダンスを追い続けて此処まで来た。
ダニエルの振付で人前で踊りたい!
それも日本ではなく、海外で!
もしも当時のダニエルが、拠点をニューヨークに置かず、何処か他に拠点を置いていたなら…
例えば母国のフランスならフランスに、イタリアならばイタリアに、それ以外の国ならば、その国へと、私は彼を追っただろう。
私がニューヨークを訪れたのは、ニューヨークと言う街そのものに憧れを抱いていたからではない。
憧れた人が、たまたまニューヨークを拠点にしていた…だけである。
『受かった!』
思えば、その日私は、今までで一番大切な目標に、大きく近づいたのだった。
ダニエル振付のステージへの出演が許されたのだ。
しかし…私は…
両手を上げて歓喜する事が出来ずにいた。
何故なら…
一緒にオーディションを受けた私達ルームメイト4人、ジャック、アケミ、ジョディー、私の内、ジョディーだけが不合格だったからである…。