ニューヨーク物語 71 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ



オーディション…


ある意味、本番のステージを踏むよりも緊張し、日頃のクラスとは比べ物にならない程の火花が散る場所。

沈黙と重たい空気、鼓動と汗が滴る音、何も見えなくなる瞬間、頭の中が真っ白に染まる落とし穴…。


そして…


歓喜と落胆…

それぞれの涙…。




その日、私はダニエルのダンス公演のオーディション会場に居た。


ステップスのスカラー仲間、知人友人、見た事のある奴、ない奴…。


白人、黒人、プエルトリカン、東洋人…。


一体、どのくらいの人数が集まったのか?


実は私は、この日の詳細を全く!と言っていい程に覚えていない。


覚えているのは…


オーディションが行われたビル内部のスタジオ風景と、そのスタジオの鏡に映った私の踊る姿。


そして…


はっきりと別れた明暗がもたらした、何とも言えないやりきれない思いである。



当時の私とジョディーは、新たなルームメイトにジャックとアケミを迎えていた。


ジャックは白人のアメリカン。


背が高く、非常に温厚で朗らかな人物である。
彼もまた、ブロードウェイミュージカルの舞台を目指していた。


アケミは、私が19歳当時からの友人の一人で、現在も私と同じBroadway Dance Centerでインストラクターを勤めている。


私達、一つ屋根の下に住む4人は、このオーディションに挑んだ。




何も覚えていない…


それは、私にとって人生最大と言えるであろう緊張感のせいである。


しかし同時に、あれほどまでに、振付そのものに集中した事もなかったのではないか?と思える。




ワサワサと様々な人種が入り雑じったスタジオ内での振付も、私は他に気を取られる事もなく、ただひたすらに、鏡の中の自分と対話していた。


ざわめくスタジオ内の雑音も、私の耳には一切届かず、私の耳がとらえているのはただ、ダニエルの声と音楽のみであった。



私は果たして、誰かしらとの会話も持った筈だが、何も覚えていない。


何かしら感情はあった筈だが、全身が心臓と化したかの様な緊張感しか覚えていない。



私は…


ただ…


無心で踊った。




オーディションの結果、その合否はその場で出された。


私は合格した。


19歳でダニエルに出会い、そのダンススタイルに憧れ、ダニエルの人柄に引かれ、ひたすら彼を、彼のダンスを追い続けて此処まで来た。


ダニエルの振付で人前で踊りたい!


それも日本ではなく、海外で!


もしも当時のダニエルが、拠点をニューヨークに置かず、何処か他に拠点を置いていたなら…


例えば母国のフランスならフランスに、イタリアならばイタリアに、それ以外の国ならば、その国へと、私は彼を追っただろう。



私がニューヨークを訪れたのは、ニューヨークと言う街そのものに憧れを抱いていたからではない。


憧れた人が、たまたまニューヨークを拠点にしていた…だけである。



『受かった!』


思えば、その日私は、今までで一番大切な目標に、大きく近づいたのだった。


ダニエル振付のステージへの出演が許されたのだ。




しかし…私は…


両手を上げて歓喜する事が出来ずにいた。


何故なら…


一緒にオーディションを受けた私達ルームメイト4人、ジャック、アケミ、ジョディー、私の内、ジョディーだけが不合格だったからである…。