パトリシア、ローラ、マイケル、スティーヴ、アケミ、ジャック、リカ、ピーター、スコット…
ジョディーと私がルームシェアに迎えた人々はゆうに十人以上を数える。
中には、ほんの一週間程度の滞在…と言う人も居たが、大概は数ヶ月単位でのシェアであった。
フランス、スペイン、ベルギー、日本…と国籍も様々だった。
ニューヨーク生活を始めた当初は、住居探しやルームシェアの難しさに随分と悩まされた訳だが、ここへ来て、ルームシェアの楽しさ…特に外国人とのシェアの楽しさが分かった。
お互いに意思表示をはっきりする事。
これが唯一のルール。
「自分はこうしたい!」と言う事ははっきりと主張し、嫌な事は嫌だ!とはっきり相手に伝える事。
私は初めて、居心地の良さを感じた。
ある意味、お互いが暗黙の内に理解し合う事を美徳とする日本人は、相手の心情を思いやり、とかく意思表示を抑えがち。
後にそれが欲求不満やイライラに繋がる事もしばしば。
私は、肩の凝らないルールを大いに気に入った。
例え、自分の感情をはっきりと伝えた事で、その場に一瞬なりと不穏な空気が流れたとしても、わだかまりは残らない。
我々日本人は、その一瞬の不穏な空気を嫌う。
そして誰かが、しなくてもいい我慢を強いられがちである。
「貴方はどう思うの?」
仲間内で議論が生じた際に、私が黙り込んでいると、必ず意見を求められ、自分の考えを自分の言葉で述べさせられた。
例えそれが、拙い英語であり、思った事を伝えるのに時間がかかっても、彼等は最後まで耳を立ててくれた。
意見そのものは「右に同じ」であったとしても、私は私の言葉で伝えなければならない。
何故に私が右に同じなのか?
それを説明する必要があったからである。
私は、ジョディーや他のルームメイトとの共同生活の中で、幾度も稚拙な英語を駆使しながら自身の意思表示をして来た。
そしてそれは、あらゆる場面で役に立つ。
スカラーの仕事中、シャザームの仕事中、クラスの中、店先、何らかのトラブルに出くわした時…等々。
いつの間にか私は、自分の不完全な英会話を恥じなくなっていた。
事の成り行きや内容は忘れてしまったが、ある日のシャザームの現場で、私は他のダンサーと口論になった。
相手の主張が、あまりにも身勝手だった…と言う様な事だったと思うのだが、それまでの私ならば、その様な時はいつも…
「俺なんかの英語力じゃ、反論出来ない」
と、鼻から反論を諦め、何かしらの貧乏クジを引いていたのだが、その時の私は違っていた。
他の連中の誰よりも早く反論し、自分の意見を相手にぶつけた。
周りは皆、私の意見に賛同し、その場は収まった。
そばにいたジョディーが私に耳打ちをした。
「よくやったわ!貴方の事を誇りに思うわよ!」
※後に私は、親愛なるジョディーの結婚披露パーティーで、祝いのスピーチまでさせられるのだが、それはまた、別の機会にお話しよう。
こうした『言葉による自己表現』は、私の踊りを大きく変えた様に思う。
片言の英語を駆使しながらの意思表示はストレスが溜まったが、言葉の要らない意思表示は、当時の私に取っては「大いなるストレス解消」になっていた様だ。
チマチマと頭で考えながら踊る事が無くなった。
ひたすら、音と振付に没頭し「自分はどう踊りたいか?」と言う事を大切にし始めたのだと思う。
これは現在の私が、当時を振り返り思う事で、当時の私は、そんな変化に全く無意識であったと思う。
そしてその無意識の変化は、ある日私を驚かせる。
ダニエル以外の先生達が、私を認め褒め始めたのである。