こうして私の初仕事…
実戦オーディションは終わった。
衣装を脱ぎ、化粧を落とす…。
汗だくだった。
『よくやったわね!』
とジョディが褒めてくれた。
他のダンサー達も口々に私を労ってくれた。
私達の着替えも終わった頃、スティーヴが楽屋に入って来た。
『みんな、よくやったな。』
言葉とは裏腹、スティーヴに笑顔は無く、淡々と事務的な態度であった。
『今日のギャラだ。』
シャザームでは、その日のギャラは小切手で、その日に手渡される。
スティーヴが一人一人に小切手を手渡していく。
私も小切手を貰ったが、私に小切手を手渡す際にもスティーヴには笑顔は無く、何も言わなかった。
※ちなみに、この時貰ったギャラは$70(当時の1万円くらい)だった。
『やっぱり、オリエンタルじゃダメなのかな…。』
私は、何とも表現し難い感情で一杯になった。
各々の帰り支度が終わると、搬出作業である。
汗だくの衣装を衣装ケースに仕舞い、ワゴン車に積み込む。
音響機材や照明機材をバラし、ケーブルをくるくると巻いて束ねる(これが結構重い!)。
踊り疲れた身体には、なかなか辛い作業であった。
パーティーの規模にもよるが、パーティーは大概、3~4時間ほど。
その間に、衣装変えは4~5回。
勿論、出ずっぱりではないが、一回フロアに出れば3~40分は踊りっぱなしである。
遣り甲斐もあるが、体力勝負でもある。
私は、この仕事を終えて帰宅した時のジョディのぐったりとした顔を思い出した。
『ジョディがぐったりして帰って来てた筈だ…。』
搬出作業と積み込み作業が終わり、ワゴン車に乗り込む。
結局、最後までスティーヴからは何の一言も無かった。
自分なりに精一杯やったつもりであるが、人種的に気に入られないのであれば、どうする事も出来ないと思った。
誰一人、口を開かない。
みんな、疲労困憊なのである。
斯く言う私も、初仕事の疲れがドッと押し寄せ、ワゴン車が走り出すとすぐに眠ってしまった。
シャザームには、一体どのくらいのダンサー達が登録されていたのか?
私には全く分からない。
ステップスで見た顔も居れば、日頃は全く見掛けない顔も居たし、ダンサーとしての仕事…と言っても、ダンスをかじっていれば誰でも出来る簡単な仕事である為、日頃は俳優として下積みを送っている連中も居た。
いわゆる『足かけのバイト感覚』の連中しか居ないのである。
ショービジネスのメッカ、ミュージカルの本場ニューヨーク。
皆、明日のスターを目指しているのである。
だから彼等は、美味しいオーディションが多く行われる週末には、シャザームの仕事を入れずにオーディションに向かった。
ジョディも当然そうした一人である。
スティーヴは弟(残念ながら名前は忘れた)と二人で、このカンパニーを立ち上げたとの事だったが、ジョディ曰く、彼等はわざわざこんなカンパニーを経営せずとも、何処ぞの大金持ちの御曹司であり、金の苦労とは無縁の人々であるらしい。
※余談だが、玉の輿を狙い、容姿端麗の大金持ちであるスティーヴにモーションをかけるダンサーもいたくらいである。
『KAZUMI、起きて。着いたわよ。』
いつの間にか、ワゴン車は私達のアパートの前に着いていた。
いつもいつも、家まで送迎してくれる訳ではない。
この日はたまたま、私達のアパートの前を通ったのだ。
私とジョディは車を降り、みんなを見送った。
アパートのエントランスを開けて、中に入る。
足が鉛の様に重かった。
部屋の玄関を開けてキッチンに入ると、私は思わずそのまま椅子にドッカリと座り込んだ。
『もう動けない…。』
私がポツリとこぼした。
『よくやったわね!おめでとう!』
『え?』
『スティーヴはKAZUMIの踊りをベタ褒めだったわ!』
『…信じられ…ない。だって、スティーヴは…。』
『私も信じられないわよ!あのスティーヴが、あんなにダンサーを褒める所を見た事がないわ!』
ジョディは顔を紅潮させて早口で捲し立てた。
『じゃあ…俺…働けるの?』
『そうよ!おめでとう!』
ジョディは私を強く抱き締めた。
スティーヴが、私の踊りを気に入ってくれた?
私には全く、最後の最後まで笑顔の一つも無かったあのスティーヴが?
私の踊りを褒めていた?
歓喜するジョディに抱き締められながらも、まだ信じられず、何やら狐に摘ままれた様な面持ちの私であった。