ニューヨーク物語 37 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ

私達は現場に到着するとまず、搬入作業を行う。


衣装ケースやDJブース、照明機材などを会場に運び込むのだ。


開場の2~3時間前には現場入りし、こうした搬入作業をし、パーティー終了後は搬出作業をして引き上げるのである。




『シャザームではダンサーは人間ではない設定』


と言ったが、それはどういう事か?


まず、素肌が見える衣装が無い。


※極たまに例外はあるが、日頃使用する衣装は全て、素肌が見えない衣装である。


例えば…


時計であったり、氷の精であったりと、人間ではない衣装が多いのである。


また…


オズの魔法使いや、不思議の国のアリスと言ったおとぎ話のキャラクターになる事もある。


そして、化粧の基本は白塗り。


解り易く言えばピエロの下塗り。


そこから、自分のキャラクターに合わせて化粧をし、衣装変えの度に化粧も変えて行くのである。


ここで必要なのは、通常メイクの技術と同時に、色彩感覚や絵画センスが問われた。


つまり…


自分の顔が白いキャンバスなのである。


これは、通常メイクでは得られない快感がある。


嫌でも『自分』ではなくなる為、日頃は非常に大人しく、内気とさえ言える様な人をも大胆かつ快活なダンサーに変身させるのである。


私は、初仕事…しかも、雇って貰えるか否かの瀬戸際にある事も忘れて、この独特な化粧に夢中になった。

※後に私は、化粧の下手なダンサーの世話焼きまでする事になる。



こう書けば、如何にも『楽しい職場』の様に思えるだろうが、何ともやるせない思いを随分して来た。


ま…


その辺はまた、後々お話しよう。




さて、いよいよ開場の時を迎えた。


私に取っては実戦オーディションの始まりである。


東洋人嫌いのいけ好かない若社長に、何とかして雇って貰わねばならない。




パーティー客達が全員来場し、各々の席に着く。


シャザームダンサーズの登場である。


軽快な音楽に乗せ、DJのMCがダンサーの登場を促す。


私達は一斉にダンスフロアに飛び出した。




始めは銘々にフリーダンスで一躍り、人々がノリ始めたらフロアに誘い出す。




私達踊りの世界では、特に舞台では、よく『間を埋める』と言う事を言う。


舞台上に不必要かつ不自然な穴の様な空間を作ってはいけない…と言う事であるが、それはこのシャザームでも同じであった。


特にパーティー開始直後に、客を誘い出す事だけに必死になり、ダンスフロアを空にしてはいけない。


乗っけから見栄えの悪い空間を作ってはならないのだ。


四人のダンサーの内、三人が客を誘いに行くなら、残りの一人はダンスフロアで踊る。


そして、誰かが客を連れ出して来たら、今度は自分が客を誘いに行く…と言った具合だ。



ジョディ達、先輩連中がノリ始めた客を誘いに行く。私はダンスフロアに残った。


ふと…


私は踊りながら、私を見つめている少年と目が合った。


ジョディ達はまだフロアに戻って来ない。


私は、少年に手招きをした。


彼は待ちわびていたかの様に、フロアに飛び出し、私に駆けよって来た。


少年が座っていた辺りを見ると、彼と同年代とおぼしき連中が、モゾモゾと二の足を踏んでいる。


私は今度は両手で、彼等に向かい手招きをした。


『Come on!!』


と、声を出さずに口を開く。


私の周りは、あっという間に少年少女で一杯になる。


ジョディ達が客を引き連れて戻って来た。


私は、少年達にウィンクするとその場を離れ、テーブル席に突入して行った。


向かった先には老夫婦。


私は彼等の前で一躍り。
老夫婦はニコニコと足でリズムを刻み出す。


私はすかさず二人の手を取ると、フロアに引っ張り出した。


老夫婦を踊らせた足で、私は別のテーブルへ向かう。

私達四人のダンサーは、あっという間にダンスフロアを一杯にする事に成功した。


土地柄や人間性、そして性格や客層によっては、フロアを賑わす事が難しい場合もあった。


しかし、私の初仕事はノリの良い客層に恵まれたのである。




私が誘い出した客と踊っていると、いつの間にかスティーヴが傍らにスッと寄って来ていた。


『あの一角の客を連れ出して来い。』


彼が示す先を見ると、何とも気難しそうな偉ぶったお歴々のテーブルであった。

『あそこは、さっき誰かが誘いに行ってたテーブルだ。』


私は踊りながら、指示されたテーブルに向かった。


先輩連中も誘い出せなかったのだ。


私は彼等に近づくと、テーブルの周りをくるくると回って見せた。


しかし、誰も興味を示さない。


ひとしきり、色々トライするも、彼等は苦笑するばかり。


私は踊りを止めると、一人のご婦人の前に恭しく膝ま付いた。


『女王陛下、お手をどうぞ』


私は無言で頭を下げ、片手を差し出した。


すると、彼女は私の手を取り立ち上がった。


私は彼女の手を取ると、フロアの中央に連れ出した。

それを見たジョディがすかさず、お歴々のテーブルに向かった。


一人連れ出してしまえば、こっちのモンであった。


お歴々は皆、ジョディにフロアへと引っ張り出された。


私は、初仕事でありながらも既に『遣り甲斐』を感じていた。


『こんな仕事もあるんだな…。』


もはや私は、雇われる雇われないは関係なかった。


今日、このパーティーを楽しむ事だけに専念していたのである。