よく。
テレビや雑誌で見聞きするモータースポーツでの実況だったり解説で「0.1秒の戦い」なんて言葉を聞くことも多いですが、
その言葉の意味が指し示す場所がいったいどんな世界なのか、実際にそれがどんなもので、どんな感覚なのか、ピンと来る人はそう多くは無いように感じます。
いくら自分がライダーとして時間と戦うことを生業としていても、日々「1日に何回まばたきしたか」なんてことに気をとられる事がないように、0.1秒を意識したり感じながら生活する場面はあまり無いといっていいと思います。
2015年鈴鹿8耐でのTOP10トライアル。
5.821kmの鈴鹿サーキットを1周するのににかかった時間。
2分6秒287。
126秒。 …と0.287秒
1日。
24時間。
86400秒。
その中の1秒…ですらなく。
0.1秒であり、時に0.01秒、0.001秒の差。
サーキットという場所においては、まばたきのその一瞬にすら満たないような些細な「時間」が勝者と敗者を一滴の淀みなく差別し、大げさではなく人生を変えるエネルギーを生み出すものになります。
こういうズシリとのしかかるような重さ、痛いほどに「時」の価値を感じる事が出来る世界はそう多くないと思います。
久しぶりに書く「ライディングってなんだ」。
と言っても今回は「バイクの乗り方」がどうこうではなく、文字として表現するのはすごく難しいものを書こうとしてるなと書き始めてから若干後悔してます笑
いつも通り…というほど最近は書く事も少なかったけど、本当は「コレで新しいバイクレースファンが増えたらいいなぁー」と思いながら「なるべく分かりやすくー」とか考えながら書き始めるものの、結局かなりコアな部分の話になってしまって「どうあがいても好きな人向け」な記事になってしまってると思います。笑
「時間」への感覚。
ただでさえそれは、それぞれ人によって違ううえ、モータースポーツでは外から見ている分にはヘルメットをかぶるが故に表情から垣間見える緊張感や頑張り、ライダーやドライバーの「時間」に対してのそのシビアな感覚は、文字通り目にする事は少ないと思います。
ましてや画面の向こう側の世界としてしか見たことがなく、生で観戦する迫力や、その魅力を知らずに興味のない人にとっては、見た目に分かりずらく、もしかしたら「グルグルと同じところを回っている」というイメージを持たれているのかもしれません…。
ただ、実際にはその0.1秒をラップタイムから削り取るために、マシンを製造するメーカーの膨大な数の人の労力があり、チームがそれを100%の力を引き出す形にする。そのチームを支えるスポンサーがあり。その全てをファンのパワーが支えています。
その場にいるすべての人が一つのことに集中し、勝ち争う相手を抜きされば叫び喜び、抜かれても叫び。
0.1秒差でも負ければ悔しがり、勝てば全員が自分の事のようにはしゃぎまわる…。
今。その瞬間に勝負が決まる。
人生が変わる。
という張りつめた空気感やエネルギーはサーキットに足を運び、その場でしか感じることができないものだろうと思います。
一度知ってしまえば、2度と離れることができない中毒性。
「ライダーの」という意味では観客とはまた違う視点なのかもしれないけど、こんなにも魅力的な場所、そしてレースの世界を自分は知ることが出来たのだから、より多くの人にその魅力を知って欲しいと思うし、一人でも「そんな世界があるんだ」と思ってくれて、間違ってサーキットに遊びに来てくれたら…なんていう淡い期待も持ちつつ。
自分の頭の中にはいつも理想のバイクがあって、自分がその一つのコーナーをどんな状態で、どんなスピードで曲がれるかというイメージがベースにあります。
それはもちろんここに書くような文字情報ではなく、頭の中に作り出す想像であり、感覚。
自分が「どこで」「何をした時」「何が起きる」かが頭の中にはあって、また、そこで自分がどう感じるか、そのマシンから伝わる振動やタイヤから伝わる接地感、サスペンションの動くスピード、力を加えた時のタイヤのたわみ。
そういった「感覚」もそこにはあって、今まで色々なバイクに乗ってきたことで得た経験の中で、自分にとっての「いいとこ取り」の理想像…と思ったけど、バイクという乗り物はバランスの乗り物で、より止まれるセットアップに進めば旋回力が犠牲になり、旋回力を取れば止まれなくなると言うように、何かを得れば何かを失う乗り物。
十中八九「いいとこ取り」は成立しない。
故に実際にその理想を100%形にできた事は今までないし、おそらくこれからも実現することはない高すぎる理想像…もとい幻想。
ただ実現出来るか出来ないかということより、大事にしてるのはその理想にすこしでも近づける事で。
その頭の中での「理想」は、実際に体験した事はないものであってもただのイメージの領域を飛び越して、自分の感覚として体に残るような、自分の残像を自分の目の前に見るというか…。
例えば、ほんのすこし自分の「理想」より曲がらない時に、本来いるべき位置から離れていくような「アレッ?」っていう自分の感覚とは違うものとしての「違和感」として表れてくるような。
その違和感を感じた部分を出来るだけ理想に近づける作業がセッティングだと思ってます。
そしてその「理想」はライダーそれぞれで少しづつ違い。
それがいわゆる「好み」だったりライディングにおける「癖」の部分なのかとも思います。
もちろん実際には理想だなんだ以前の問題が出ることも多々あるし、他のライダーと比べてここが速いここが遅いだとか、主観的な基準以外の情報もすごく大事なんですが、自分のブログに客観書いても変な話なんで自分の主観、自分の感覚で書きます笑
例えば。
実際にあるコースで、みなさんも聞いた事があるかと思います。鈴鹿サーキットの130R。
JSB1000であれば310km近いところからコーナーまで200m看板を過ぎ100m看板に近づいていくところで体を起こすと同時にブレーキング。二つギアを落とし、一つ段差を落ちるように付く130Rのバンク手前でブレーキをリリース、その一段落ちたバンクに当てるようにスロットルを開けて200km強でクリアしていくコーナー。
このコーナーをクリア(ブレーキ開始からバイクが直立まで)するのにだいたい約6秒といったところ。
正確な数字はわからないけども、距離で言えば400~500mくらいか。
仮に(たぶんもうちょっと遅いけど)250km/h程度でクリアしているとしたら、1秒間に約70m移動している世界です。
1、2、3…と数えている間に、実際の走行では様々なことが起こります。
ただ力いっぱい「ガツンッ」とかけているように見えるブレーキングも、ブレーキレバーに触れブレーキパッドがディスクに押し付けられ、制動力を生み始めると同時にフロントフォークが沈み始め、スプリングと減衰力の反力で軽くタイヤを押し始め、フロントフォークが沈みきる頃にタイヤに強い力がかかり路面に押し付けられ、その瞬間から本格的な減速、そしてそれに続くように旋回を始める。
サスペンションが沈み込むスピードもただ見ていれば流れていく行程の一部分でしかないですが。
そのスピードがライダーの感覚的に早過ぎればライダー側でブレーキを慎重にかけてしまうかもしれない。そうなれば100%の制動力を生み出すまでの時間が長くなったり、極端な荷重移動をし過ぎて挙動を乱すかもしれない。
逆に遅すぎればフロントへの荷重移動が遅れてコーナーリングへのテンポがズレたり、ライダーの求める荷重移動が得られず不安をかかえたままのコーナーリングになるかもしれない。
フロントのスプリングを強くするのか、弱くするのか。
減衰力を強くするのか弱くするのか。
フロント車高を上げるのか下げるのか。
油面を下げるのか上げるのか。
はたまたリア周り?。
ピボット位置?
キャスター角?
考えられる無数のセットアップの組み合わせ。
「何が最短距離か」
「どれが今一番効果的なのか」
バイクに初めて乗った瞬間からから自分はこんなことを感じていたわけでもないし、ましてや(なにも)考えてもいなかったですが、
自分なりのより高いレベルのライディングを目指して、考えていく上でイメージトレーニングを繰り返し、頭の中でバイクを動かし、時にミニチュアのバイク片手に「なぜ?」とひたすら悩んでみたり、MotoGPやWSBKの一つの挙動をコマ送りにして何十回も繰り返し繰り返し見たり、わからないところは人に聞いたりバイクを構成する部品の構造を知っていき、1つの挙動がなぜ起きるのかというヒントを探すためのヒントを探ったりしているうちに、いつしか走行中に起きた挙動を、そしてその挙動の原因になりそうな部品の動きをバイクを降りた後も、頭の中で思い浮かべ、「理想」とのズレをすり合わせ、実際にセッティングを施す前に、頭の中でセッティングしたバイクに乗ってしっくりくるかどうか…。
(もちろん頭の中だけで解決できる事はごくわずかで、よくそれを忘れて考えすぎと言われますが笑)
今の自分には走りの問題を解決するために様々なアイディアを出してくれるサスペンションメーカーのSHOWAさんだったり一番にライダーの事を考えてくれるチーフエンジニアのようなプロフェッショナルがいて、自分の心許ない頭では解決できないような問題も、一つのアイディアでいとも簡単に解決してくれたりします。笑
ただ多くのライダーやメカニックが知っている通りバイクという乗り物は数字だけでは表せない部分も多くて「きっとこれだ」と導き出した答えが常に当たるほどバイクは単純明解な乗り物ではなくて。
結局は矛盾してしまうんだけど、
どんなに数値の上でダメなバイクでもライダーが「イケる」と思えるバイクなら速く走れるし。
どんなに数値の上でいいバイクでもライダーが「これはムリ」と思ってしまえば速く走るのは難しくなってしまう。
そういう意味ではマシンのセッティングもすごく大事だけど最終的にはライダーが「イケる!」と思えるようなメンタル部分でのコンディショニングもとても大事で、バイク以上に複雑怪奇なセッティングが必要になります笑
イメージ。
想像。
残像。ってのもありましたか。
まぁ、いろんな言い方はありますが、
どれも共通するのは、目に見えない物を見ようとしているという事。
先に書いた「ガツンッ」と…って話も実際にブレーキパッドがディスクに触れているのを見ているわけでもなければ、タイヤが潰れているのを目で見ながら走ってるわけではないんです。
あくまで体感的に「そう感じる」とか「きっとそうだろう」という部分に後付けの理屈をこじ付けて、言い方は悪いけどソレっぽく想像しているだけ。
自分たちが感じる0.1秒という「時間」も同じく。目には見えないもの。
時計やストップウォッチもあくまで時間を可視化するための道具であって、過ぎていく時間を物理的な物として手に持つ事はできません。
しかしサーキットという場所でバイクにまたがり「あと0.5秒」「もう0.1秒」「0.001秒でも速く…。」
マシンの仕上がりも良く集中しきっている時には、思い描く理想のラインしか通れなくなって、まさにコーナーに吸い込まれるように走れて、ライダーが何を意識することなく、自分のイメージしたラップタイムに0.1秒とズレのない、コントロールラインを通過して表示されるラップタイムにただただ「うん。」と納得するだけのタイムだけが残る。
限りなく時間に近づいて、その手で触れて、操る。
日常の時間軸から離れ、「時間」という普遍的なものさしを自分の夢にあてがいながら、
現実なのか夢の中なのか見分けがつかない夢を見ているような非現実感。
現実を拒否するように夢の中に居続けたいという願望がそのまま実現するような。
ん~…。
言葉にしようと思えばいやに感傷的に聞こえるわりに、どの言葉を選んでもこの感覚を言い表せてるとは思えない。
ありきたりな言葉で言えば「夢中」とはこのことなんだろうなと思います。
レースの世界で 「最高のバイク」 は1位のチェッカーを受けたマシンのことで、 「完璧な1周」 は誰よりも速く走った1周のことを指す言葉。
2位になった瞬間に最高のバイクは「まだまだ詰めるところがある」に変わるし、完璧な1周も「届かなかった1周」でしかなくなります。
「結果がすべて」と言われる世界で、マシンの評価基準は常に結果であり数字で表されるもの。
でもそれはサーキットでの…、レースでの…、勝つ事を目標にしたレースでの話。
ふと公道で自分のバイクに乗った時、すごくホッとする瞬間があるのは、
ただ自分の思ったように進み、曲がり、止まる。
0.1秒に縛られることなく、ただその瞬間、自分の操作に忠実に動いてくれる。
「夢中」でもなく「数字」でもない、現実に自分の手でバイクを動かしている実感があるからなのかも。
「0.1秒を考える」
言葉にするとあまりにシンプルだけど、実際にはその0.1秒の時間を1周の中で削り取るために数多くの人、ひとりひとりの知識と経験、努力、労力、犠牲があってはじめてライダーは0.1秒に生きる事が出来ていると思います。
「夢のような仕事」
気がつけばその「夢」にはいろんな意味が乗っかってるなーと。
書き終える頃に気づいた次第です。