今見える、生きるということ | ボディーワーカー小笠原和葉オフィシャルブログ

ボディーワーカー小笠原和葉オフィシャルブログ

ココロとカラダに安心を再教育していく『プレゼンス・ブレイクスルー・メソッド』を主宰、また横浜市都筑区、緑と光があふれるボディーワークスペース『BodySanctury(ボディ・サンクチュアリ)』でクラニオをベースとしたオリジナルのボディーワークを施術しています。

2/15は
皆川 公美子さんが主催して下った
私のアリゾナでの体験のシェア会でした。


ご用意いただいていた30席は、ニュースレターの
先行告知でほんとうに
あっという間に満席になってしまい、
一般募集をすることが出来ませんでした。


生と死と。
そんな深く重く、まだまとまらない私の話に
こんなにも多くの方が興味を持ってくださったことに
驚きます。
(札幌からいらしてくださった方も!)


ボディーワーカー&講師として
15年近くやってきたなかで
仕事中話しながら泣いてしまったことは
多分今日が初めてでした。


たくさんの
言葉で語りきれない経験、思い、感情があったけれど


「ハンナ」さんと名付けさせていただいた
私たちのチームのご献体の女性。


ご献体は、「ご遺体」なのだけれど
5日間の間、
どこまで解剖していっても
ハンナさんとの間に感じ続けていた
得も言われぬあたたかく不思議なつながりの感覚について
語っていた時、


彼女がどんなに大きなものを捧げてくれ


どんなにすべてを見せてくれたか


それがどれほどの大きな愛だったのか


その圧倒的な大きさを改めて感じて
思わず涙が出てしまいました。


終わってから、
カトリック教会の友人が
「あれは永遠の命の話だよね」と
声をかけてくれました。

 
彼女との共通の若い友人がなくなった時、
通夜のミサで神父がこんな説教をしてくれたんです。


「キリスト教では
地上の肉体を離れても
魂は永遠の生命を生きる、と考えているのです
だから
彼は今も私たちとともにいて
私たちは彼の永遠の生命を、共に生きているのです。」


って。
(こちらのエントリに書きました
http://ameblo.jp/kazuhaogasawara/entry-11921144104.html


今日は、
まったくうまくまとまらない話だったけれど
ポツポツとみなさんのタイムラインにあがってくる
「ハンナ」の文字を見て


ああ、今日のお話をやってよかった、


と思うことが出来ました。


尊いご献体というボランティアのもとにさせていただいた
経験について、こうして公で語ることには
直前までものすごい葛藤がありました。


でもこうして語ったことで
集まってくださって
私の話を聞いてくださった方の中に
ハンナさんの永遠の命が受け継がれて
共に生きられていく、(日本語変だけど)
のだとしたら。


もしも
もしも私とハンナさんとの間に
魂のレベルでの何かの約束があったとしたら


こうやって何かをシェアすること
あるいは
この学びを今後セッションや
さまざまな仕事の中に活かしていくことの中に
それが少しづつ果たされていくのかなと思います。
あるいはそれを、私の心が受け止めていくことによって。



生きているって本当にすごいことです。
本当にすごいことだと改めて
帰ってきてから毎日毎日思います。


時々
空間の中からふいに押し寄せてくる
「ああ!生きている!!」
という強烈な実感に
胸が締め付けられることがまだ毎日あります。


私たちが生きているということが
どれほど圧倒的な力であり
まぶしさであり
どれほどの愛と「約束」に
支えられているか、
それを思うとただただまた
涙が出そうになります。


ご参加くださったみなさん、
おいでいただけなかったけれど
心を寄せてくださったみなさん、
私の投稿から何かを受け取ってくださったみなさん、
ほんとうにありがとうございました。


「ハンナ」
というニックネームは
日本語の「花」から
つけさせていただきました。


うつくしい「花」を見るたびにこれからも
ハンナさんのことを思い出すことだろうと思います。
そうしてハンナさんの永遠の命を
共に行きていくのだと思います。