京都伏見の「大手筋商店街」から東の山にある「明治天皇陵」
この明治天皇陵の南側はこの大階段になっています。
段数にして、なんと230段あります。
休日だけあって、チラホラ人を見かけますが、南側にわざわざ来る方は、やはりこの大階段をのぼって行きます。

明治天皇の崩御により墓地として選ばれたのが、京都伏見でした。
江戸時代から御料地だったこの場所が選ばれました。
御陵の反対側はこのように宇治川の流域を一望できます。
今でこそ建物が多いので、川までははっきり見えませんが。
この山の一帯が、伏見城のあった場所です。
そして、明治天皇陵のある場所が、伏見城があった当時はここが本丸でした。
大阪からの水運で重要な宇治川と、京都~奈良の交差点にあたる伏見は、非常に重要な拠点だったのです。
ただ、その伏見城は、江戸時代になってから廃城となりました。その後に御料地となったのです。
この階段のあった場所は、城の下から本丸の高さまで一気に上っているような状態ですから、それだけ高低差があって当然な場所です。
東の方向に向かえば、徐々に高さを上げていくことができます。
一番近い、JR伏見駅からでも15~20分程度歩かないといけません。
伏見桃山駅・桃山御陵駅からだとさらに5分程度は必要です。
この後ろ側が、明治天皇陵(伏見城)がある方角です。
この右側に見えているのが、御香宮(ごこうのみや)と呼ばれる由緒ある神社です。
城の正面の城門のことを「大手門(追手門)」と呼びます。
「大手」「追手」などの地名があれば、それは大手門(追手門)の辺り、あるいは、大手門(追手門)の正面の通りのことをさしています。
しかも、この左右の通りが、京都と奈良とを結ぶ国道24号線。
伏見城があった当時の古い街道ではありません。
ただ、伏見という場所がこのように重要な道が交わる場所だったのを感じられます。
伏見桃山御陵の明治天皇陵に向かう途中に、十字路があります。
南と北とにちょっと寄れる場所があります。
その十字路の南側にあるのが、「乃木神社」。
明治時代の陸軍大将の乃木希典が祀られている神社です。
明治天皇の崩御に伴い、殉死したことで知られています。
それもあって、明治天皇に近いところで祀られています。

その十字路の北側へは、「伏見城運動公園」へ行けます。
城門っぽい入り口になっていますが、戦国時代の伏見城の遺構とは一切関係ありません。
(城の縄張りの一部ではありますが・・・)
というのも、昭和になってから「伏見城キャッスルランド」という遊園地がこの場所にあって、その建物の跡だからです。
その遊園地のあった場所に、野球場や陸上競技場が市によって建てられたのです。
冒頭の大階段の側に行くには、京阪の宇治線の桃山南口駅(写真)で降りて、徒歩5分程度で階段の下まで行けます。
時間を取って一気に上がるのもよし
階段を避けて長い距離を歩くのもよし
城めぐりが好きな方、自然の中を歩くのが好きな方にはいい場所だと思いますよ。
京都伏見については、こういう記事も書いています。
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