チャールトン・ヘストンを偲ぶ | ごんたのつれづれ旅日記

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バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

チャールトン・ヘストンは、ハリウッドの名優だった。
下積み生活を送った後に、セシル・B・デミル監督の「地上最大のショウ」と「十戒」で、いきなり大作の主役にデビューした。
「地上最大のショウ」は、いかにも黄金期のハリウッドらしい、派手で大がかりな娯楽映画だった。
まるで本物のサーカスを観てるような、ハラハラドキドキの場面が、次々と展開する。
空中ブランコで腕を競うシーンは、DVDで観ても、文字通り手に汗を握らされた。
終盤の列車衝突のスペクタクルにも息を飲んだ。
そして、希望に溢れた大団円。
今でも大好きな映画だ。

続く「ベンハー」で、堂々と波瀾万丈の大河ドラマを演じて、アカデミー主演男優賞を受賞した。
最大の見所であるチャリオット・レースは、YouTubeなどでもアップされてるけど、いつ観ても手に汗握る。
彼は、スタントなしでやってのけたという。

「エル・シド」「北京の55日」「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」「偉大な生涯の物語」「華麗なる激情」「カーツーム」などの史劇で、実在または伝説の人物を演じて、確固たるヒーロー像を確立した。
ハリウッドが歴史大作をあまり作らなくなってからも、「大地震」「ミッドウェー」「エアポート75」「ハイジャック」「パニック・イン・スタジアム」「原子力潜水艦浮上せず」などの現代劇の大作で、主役を張り続けた。
「猿の惑星」(最近『PLANET OF THE APES』としてリメイク)、「ソイレント・グリーン」、「オメガマン」(ウィル・スミス主演『アイ・アム・リジェンド』としてリメイク)などのSFでも、主役を演じている。

中世の彫刻裸像のような、堂々たる筋肉質の大柄な体型。
生真面目で無骨な演技。
画面が引き締まる、圧倒的な存在感が特徴だった。

彼に悪役はできなかっただろう。
彼が演じるだけで、真面目で誠実な正義漢、という先入観が、払拭できないと思うのだ。
「三銃士」「四銃士」でリシュリュー枢機卿という悪役を張ったらしいのだが、僕は観られていない。
どんな悪役だったのだろうか。

悲劇は似合っていた。
真面目過ぎるから、うまく世渡りできず、迫害されたり、命を落とす羽目になったり、という設定が多い。
主役でありながら、ラストで死んでしまう映画が、彼には少なくない。

切なかったのは「大地震」だった。
建設会社の重役であるヘストン。
社長の娘である、我が儘な妻(演ずるはエヴァ・ガードナー、「北京の55日」でもヘストンと悲恋を演じている)との関係が冷え切って、優しく若いシングルマザー(ジュヌヴィーヴ・ヴィジョルド)に惹かれている。
地震に襲われた街で、献身的に救助活動に身を投じる彼の男っぷりには、惚れ惚れしたものだった。
警官役として共演したジョージ・ケネディは、当時「エアポート」シリーズで救助者を務めるパトローニ役としても知られた名優で、当然ヘストンとも「エアポート75」でも一緒だったから、ぴったり息が合っていた。
ヘストンとケネディが携わる救助作業なんだから、絶対何とかなる、と思ったものだった。
だが。
ラスト、決壊したダムの濁流に呑み込まれ、ヘストンの妻が流されてしまう。

「いいよ、ほっといて!しょうがないじゃん!もう充分に人助けしたよ、あんたは!新しい生活送りなよ」

と、観客の誰もが思ったのではないだろうか?
だが、すがるような視線で見つめる恋人を振り切って、ヘストンは、助かるとはとても思えない激流に飛び込むのだ。

90年代以降。
散々の出来だった日米合作のSF「クライシス2050」や、シュワちゃん主役の「トゥルーライズ」、そして「PLANET OF THE APES」などの作品に、ゲスト出演して、存在感を示した。
残念ながら、最近の日本の方々は、「ボーリング・フォー・コロンバイン」の出演で記憶されているかもしれない。
マイケル・ムーア監督に突撃インタビューされた、全米ライフル協会会長として。
アメリカの銃問題は、複雑で悲劇的だけど、ヘストンがそれだけで語られてしまうのは、残念でならない。

僕がヘストンのファンになったのは、子供の頃に観たTV洋画劇場だった。
当時は話題の大作によく出演し、露出も多かった。
加えて、納谷悟朗さんの、銭形警部とは全く異なる重厚な吹き替えが一因でもあった。
納谷さんがフィックスして演じた、他の俳優のファンにはならなかったから、ヘストンの演技力が魅力的だったのは、言うまでもない。

子供の頃、テレビで観た「猿の惑星」。
宇宙に旅立って、帰還中に、猿が支配する惑星に着陸しちゃうという設定が、もし、自分がそんな目にあったらと想像するだけで心細くなった。
心の底から恐怖を味わった、衝撃のラスト・シーン。

「おおお、なんてことだ!──」

と絶叫するヘストン。
納谷さんも熱演だった。
実は、ヘストンのファンになってから、この印象深い映画にも主演していたことを知って、驚いたものだった。
今でこそ、彼のDVDは全て集めている。
でも、学生時代、DVDはもちろん、ビデオも買えなかった頃、洋画を、TVからカセットテープに録音するのが、僕の密かな趣味だった。
だから、ヘストン映画の吹き替え音声は、今でも沢山持っている。
音源はテレビ放送だから、カットされまくりだなのであるが。

ヘストンって格好いい!と、初めて思ったのは「エアポート75」だった。
セスナ機と空中衝突して、パイロットがいないままに彷徨うジャンボジェット機。
ヘリコプターから吊られて、機体の裂け目からジャンボに乗り移るヘストン。
その瞬間、この飛行機は助かるな、と安心してしまう。
ヘストンが演じるだけで、それほど頼りがいのあるヒーローに見えてしまうのだ。
なおも数々の故障や不具合に悪戦苦闘しつつ(僕は安心して観てたけど)、不安定な姿勢ながら最終着陸態勢に入った時、後席にいる恋人のキャビン・アテンダント(カレン・ブラック)にヘストンが声をかける場面には、痺れた。

「ナンシー」
「なあに?」
「結婚しよう」

「ハイジャック」でも、無視界着陸を強行する冷静沈着な機長役だった。
視界ゼロで無線誘導だけを頼りに着陸を試みる操縦シーンは、僕も手に汗握った。
ヘストンも、操縦しながら、掌をズボンでそっと拭く場面がある。
数あるエアパニック映画の1つで、DVDにもなっていないけれど、彼が出てるだけで、映画の質が抜きん出たと僕は思う。

最近になってDVDが発売された「レスキューズ」は、操縦系統の油圧がゼロという、JAL123便と同じ状態になったユナイテッド航空232便が、奇跡の生還を遂げた実話である。
ヘストンはUA232便の機長を演じていた。
テレビ映画らしく、操縦席のセットがチャチだったし、空港の救助隊が主役のドラマだったから操縦席の苦闘がさほど描かれていないのは残念だったけれど、それでもヘストンの存在感は圧倒的だった。
「大いなる決闘」で共演したジェームズ・コバーンが、救助隊長として出演しているのも嬉しかった。

日本で販売されているヘストンのDVDは、出演作の全てを網羅していない。
少しずつ、本当に少しずつDVDが発売されてきているけれども、僕の好みで言えば、「アントニーとクレオパトラ」「クライシス2050」「ハイジャック」は、是非DVD化をお願いしたい。

舞台が好きだったヘストン。
シェークスピアの「ジュリアス・シーザー」と「アントニーとクレオパトラ」の映画化には、特に情熱を燃やしたと聞く。
後者では監督も務めている。
前者は、史劇を集めたボックスで販売されているが、単発では販売されていないのだ。

「クライシス2050」は、残念ながら、子供騙しの映画であることに、間違いはない。
脚本を読んだヘストンも、出演をためらったのではないかなあ?と思う。
僕もヘストンが出ていなかったら、見に行かなかった。
学生時代に、場末の小さな映画館で観たけれど、ガラガラだった。
ストーリーこそ、何じゃこりゃ?と思ったけど、ヘストンが出てるシーンだけは、ワクワクして身を乗り出したものだった。
バブルの真っ最中、NHKがハリウッドに出費し、制作された映画である。
こんな映画に、僕たちの受信料使っちゃったの?と噴飯ものなんだけど。
親日家だったヘストンは、オファーを断れなかったのではないかと、僕は勝手に推測している。
お蔵入りにしたい気持ちはわかるけれども、DVD化しないのはヘストンに対して失礼じゃないのか、NHK!

大物スターでありながら、ヘストンが出演した映画は必ずしもヒットしていない。
出演作を選ぶのが下手なのだろうか。
唯一の監督作「アントニーとクレオパトラ」も、興行成績は振るわなかったらしい。
彼の1番のお気に入りとされる西部劇の小品「ウィル・ペニー」は感動的な佳作だった。
ヘストン演じる老カウボーイの、切ない悲恋の物語だ。

「俺には、カウボーイ以外の生き方は、もうできない」

と、愛する女性の幸せを祈りながら、去っていくヘストン。
不器用で真摯な恋に泣けた。
だが、この作品も売れなかったらしい。

ヘストンがオーケストラの指揮者を演じた「誇り高き戦場」は、批評家全てが駄作と評した珍しい作品である。
ただしヘストンの堂々たる指揮ぶりは好評だったとも聞いている。
なぜか最近になってDVD化され、30年ぶりで観直した。
面白かったけどなあ。

彼が主演する唯一のホラー「ピラミッド」。
ヘストンは、

「『エクソシスト』のオファーも来たが『ピラミッド』に決めた。英国紳士を演じてみたかったのと、『ピラミッド』の方が断然怖かったからね」

と力演。
ううむ…ヘストンさん、佳作だと思うんだけど、一言だけ。
「ピラミッド」は、「エクソシスト」が怖くて見られない僕でも、安心して見られるから、大好きなんですよね。

人柄も私生活も真面目一辺倒だった。
決して、要領よく生きることはできない。
初恋のリディア夫人とは、最後まで添い遂げた。
あるインタビューで「長続きする結婚の秘訣は?」と聞かれたヘストン。
「忍耐だ」 と答えていた。
最初に、この発言を知った若い頃は、思わず吹いた。
まるで奥さん、暴君みたいじゃないか、と。
でも、今は違うと断言できる。
妻の振る舞いに、ひたすら耐える、という意味ではないはずだ。
一時的な感情の衝突で、お互いを傷つけ、関係を壊す事のないように。
日頃から常に自重して、気配りしている、彼の優しい心根を表現したものと信じる。
実際の結婚生活で、僕も、彼の言葉を思い浮かべながら、心がけている。
何気ない一言で、いとも簡単に壊れてしまう人間関係もあることを知っているから。
ひっくり返っても、チャールトン・ヘストンにはなれない僕だけれど、これだけは真似できるはずだと思っている。

ヘストンの映画人生は、いつも気配りに溢れていた。
これは僕のひいき目であることを承知で繰り返すが、頼まれたら断れない人だったんじゃないだろうか。
全米ライフル協会会長として、ムーア監督に、電波少年ばりの失礼なインタビューを受けた時も、声を荒げて、怒ることだってできたはず。
でも、彼は、悲しげな表情で、黙って部屋を出ていった。

だから、うわべの肩書きだけで、ヘストンを右翼の代表みたいに語ってほしくないのだ。
全米俳優協会の会長を勤め上げた実績からは、いかに彼が慕われ、頼られていたかが伺える。
公民権運動・人種差別反対運動に共感し、ルーサー・キング牧師とともにワシントン大行進に参加した経歴もある。

残念ながら、数年前に死去された。
リディア夫人に見守られながら、と報じられ、涙がこぼれそうになった。

ぜひ皆さんにも、銀幕の中のヘストンを、記憶してほしいと思う。

誠実で、真面目で、弱い者の味方でもあった、不器用なヘストンのヒーロー像を。

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