唐人町物語 第6話 | 宇宙の森探索

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第6話


手を洗ってきた愼二郎をちゃぶ台の前に

座らせてからトリはきちんと正座をした。

京子もならって座り直した。


さ、シンちゃん。

話してみなさい。あんた今日一日なんばしよったと?

さっきのあの手はなんね?

ぜーんぶ言うてみんしゃい。


愼二郎はそれでもしばらくモジモジしていたが、さすがに観念したのか、あるいは腹が減りすぎて辛抱が効かなくなったか、少しずつ話しはじめた。


だが、それはどうにも要領を得ないものだった。


「タカ兄ちゃんの形見ばさがしよったと、、」


「タカ兄ちゃんて誰ね?」


「きのう死んだ兄ちゃんくさ、、」


「あー、あの子、、

それで、形見って、あんたそんなむずかしか言葉ばよう知っとったねー」


「タカ兄ちゃんが教えてくれたもん、、

これはオレの父ちゃんの形見や、って」


「ん?、、その形見って?」


「砥石くさ」


「といし?」


「包丁とかば研ぐ、あの砥石たい」


「なんかよう分からんけど、タカ兄ちゃんのお父ちゃんの形見の砥石ば、なんであんたが探さんといかんとね?」


「オレしか知らんけん」


「なんであんたしか知らんとね?」


「タカ兄ちゃんとオレだけの秘密やっけん、

誰も知らんくさ」


「何であんたたちが、そんな秘密ば、、、」


そこまで来てさすがに京子が間に入ってきた。

母に任せていては朝までこんな調子だろう。


今度は京子が代わって質問した。


「ね、シンちゃん

その砥石は見つかったと?」


「うん

爆発で吹き飛んどったけど、土の中ば掘りくり返してやっと見つけた」


「それ、いまどこにあると?」


「むたさんとこ」


「むた、さん?、、、あ、牟田鍛冶屋さん?」

唐人町町内にある鍛冶屋がたしか牟田という名前だったことを京子は思い出した。


「うん、その鍛冶屋さん」


「あんた、もしかして、見つけたその砥石ば

牟田さんとこに届けてきたとね?」


「そうくさ」


京子とトリは顔を見合わせた。

それから二人は辛抱強く愼二郎の話しを聞いたの

だった。

彼の語ったところによると、

愼二郎はある時からタカ兄ちゃんと仲良しになったらしい。タカ兄ちゃんが言うには、タカの父親は赤紙で徴兵され南の島で戦死したという。

牟田鍛冶屋の跡取りだった父親は戦地に赴くまえに、息子のタカに砥石を与え、もしお父さんが帰って来なかったらこれを自分の形見として生きろ、と遺言を残したようだ。砥石の技を磨けばその腕一本で生きていけるからと。

だから、タカはその砥石を誰にも内緒にして隠し持っていた。空襲で家が焼けても失くさないよう、鉄筋造りの学校の基礎に穴を掘って大事に保管していたという。


「そしたら、あんた、

牟田さんとこにそれば届けて、、、それから、」


「うん、あそこのじいちゃんが喜んでくれたくさ」


「そりゃ、そうやろけど、、、

で、あんた、その手は?」


「そこのじいちゃんに、ナイフの研ぎ方ば教えてもろた。そしたらそれが面白くてくさ、時間ば忘れて研いどったばい。」


「いや、時間ば忘れて研いどった、、て、

あんた、まだ、7歳やろ、、そんな、

ていうかね、タカちゃんは評判のガキ大将やったやろ?あんた、怖くなかったと?ようあんたみたいなおチビさんをタカ兄ちゃんが相手にしてくれたよね。なんでやろか?」


「最初はオレも怖かったくさ。でも、ある時タカ兄ちゃんが声をかけてきたと、

『おい、愼二郎、お前の父ちゃん、死んだとか?』

って。

一瞬ちょっとムカってしたとけど、兄ちゃんの顔が急に優しくなったとさ

『そうか、そしたらオレとおんなじたい。オレの親父も戦死したけんね。なんや、聞いたらお前の父ちゃんは警察官やったらしかな。オレの親父もお前の父ちゃんもどっちもお国の為に働いてお国のために死んでいった、、な、一緒たい』」


そこまで話すと、愼二郎はポタポタと大粒の涙を流し始めた。顔中が涙でぐちゃぐちゃになっている。


「タカ兄ちゃんはワルやとか、不良とか言われとったけど、違うとよ。あん人は良か人ばい!

オレに、オレに、、

父ちゃんがおらんでも負けるなって

オレも負けんけん、お前も負けるなって

一緒に、オレたちば馬鹿にしたヤツらを見返して

やろうぜ!って

だから、愼二郎、絶対負けんなよ!

って」


声をしゃくりあげ、両目から大粒の涙と大量の鼻水を垂れ流しながら、愼二郎は声をあげて泣いた。

それはこれまで我慢に我慢をしてきた悔しさや寂しさや辛さを一気に吐き出すかのように、狭くて粗末なあばら家を切なく揺らしたのだった。


トリと京子は愼二郎の気がすむまで泣かせていた。2人も溢れ出る涙をこらえられなかったが、泣き崩れないよう精一杯耐えていた。

今夜だけは愼二郎に思う存分泣くだけ泣かせて

やりたかったのだ。


ようやく愼二郎が落ち着いてきたとき

トリが口を開いた。


わかった。

今日のことはよーうわかった。

ね、シンちゃん。偉かったよ。あんたはようやったばい。タカ兄ちゃんの家が落ち着いたら皆んなで

お墓参りにいこう。

タカ兄ちゃんとタカ兄ちゃんのお父ちゃんに線香ばあげてやろう。な、シンちゃん。

今日はもうよか。

さ、お腹空いたやろ。いっぱい食べなさい。

いっぱいていうても、大したもんはなかばってんくさ。

そいでも、こうしてみんなでちゃぶ台囲んで

おまんま食べられるだけでもありがたかよね。

兵隊さんのおかげ、お天とさんのおかげさ。

ね、ようけ食べんしゃい、愼二郎。


まだしゃくりあげながら、愼二郎はそれでも子どもらしくご飯をかき込んでいた。


「ようけ食べて、ようけ寝なさい。朝になったら嫌なことは全部忘れて、また頑張るだけたい」


「うん」


愼二郎はコクンと頷いてから、おかわり!と茶碗を出した。


トリも涙を忘れていつもの朗らかな顔に戻っている。


「ね、京子ちゃん、おかあちゃんが言うたとおり

やったろ?

シンちゃんは大丈夫やって。

この子はバカはしよっても無茶はせん子やって」


「あれ?おかあちゃん、それ、さっき言うたんとちがうくさ。

さっきは、無茶はしよってもバカはせん、て

言うたとよ」


「なんね、あんた、そんな小さかことば気にせんでよかたい!」


トリはそう言いながらいかにも照れくさそうに笑った。

つられて京子が笑い、よく意味がわかってない

愼二郎も笑い出した。

お座りが上手になった小さなゆきちゃんも、

小さじを握った手を振りながら笑っていた。


空には満月が昇り、黒門川に光の波を放ちながら

静かに輝いていた。



つづく


(この物語は事実を元にした創作です。

登場人物の名前は全て仮名です)