第4話
昨日、京子たちが聞いた不吉な音は
やはり不発弾の暴発だった。
愼二郎と一緒に校庭で遊んでいた6年生男子が
亡くなったと聞かされた。
即死だったらしい。
愼二郎は拳を握りしめて真っ青になっている。
昨夜は銭湯でコーヒー牛乳まで飲むことができて、眠りに落ちる寸前まで上機嫌だったのが嘘のように
彼は険しい顔で体を震わせていた。
ほおら、姉ちゃんが言うたとおりやったやろ?
ね、シンちゃん、
あん時、あたしが無理やりあんたば
引っ張ってこんかったら
今ごろあんたも、、、
やかましかー!!
愼二郎は怒って飛び出していった。
仲良くしていた近所のお兄ちゃんが亡くなったことは幼い彼にとっては相当ショックだったろう。
でも、死んだ少年と愼二郎が連んで遊ぶことを京子は正直快く思っていなかった。少年は素行が悪くガキ大将でいつも刃物を持ち歩いているという噂もあったのだ。だから、自分の弟もいつか面倒なことに巻き込まれないか心配もしていた。
そんな矢先の事故であり事件だった。
亡くなった男の子はかわいそうだけど、
内心、京子は安堵していた。
それにしても
と、京子は思い返す。
中学校の門を出たとき、自分に声をかけてきた
あの老人。
綺麗な白髪をきちんと結った着物姿の老婆。
どれだけ考えても見覚えがない。
でも、あの老婆はまるで自分が門を出てくるのを
待っていたかのように声をかけてきた。
そして、とても親しみのある感じで、
それでも緊張感を漂わせて
早よう、帰りんしゃい!
と言ったのだ。
老婆にそう言われなかったら自分もあれほど
駆け足で帰らなかったし、当仁小学校で愼二郎を見つけても強引に連れ戻すことなんてしなかった
はずだ。
老婆の言葉はまるで不吉な暗号のように
京子の胸をざわつかせていた。
あの人はいったい誰なの?
おかあちゃんに聞いてみようか?
でも、、、
2年前に父が急死してからというもの、母は一人で家族を支えてきた。
自分を含め、幼い弟とまだ赤ん坊の妹をたった一人で養っている母を、これ以上自分の変な話しで
わずらわせたくなかった。
終戦直後の混乱期は過ぎたとはいっても社会はまだまだ混沌の中にあった。敗戦という事実は国家的な屈辱とかいう抽象的な悲劇などではなく、食べる物も住む所も無いという貧しさと飢えとして国民一人一人の前に巨大な魔物のように立ちはだかっていた。とにかく今日一日を生き延びることに人々は必死だった。そんな時代にあって一家の大黒柱を突然失ったトリの絶望と悲しみはどれほどだったか、それはその時小学生だった京子にも痛いほど伝わってきた。
今この時も小さな妹を背中におぶって慌ただしく夕餉の支度をしている母をみていると、自分がしっかりしてこの人を支えなきゃいけない、と思うのだった。
京子という人間の原点はまさにこれであったろう。
自分がしっかりしなくちゃ、、
そして
自分さえ我慢すれば、、
子ども時代に備わったこの性質が、良くも悪くも
彼女の人生を彩る縦糸となっていくのだった。
つづく
(この物語は事実を元にした創作です。
登場人物の名前は全て仮名です)