唐人町物語 第3話 | 宇宙の森探索

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風ノ意匠サスケの変態ブログ



第3話


ドーン!という鈍い爆発音が遠くから聞こえ、

それから長い静寂が続いたように京子は感じた。

だが、それはほんの一瞬だったろう。

隙をみて走り出そうとした愼二郎を

京子は羽交締めにして押さえつけた。


離せ、姉ちゃん!


ダメ、シンちゃん!行っちゃダメ!

あんたは見ちゃいかん!


なしてや!なしてや!

兄ちゃんが、兄ちゃんが、、


京子には分かっていた。

あれは不発弾が爆発したんだ。先生や大人たちから散々注意されていたことだった。

不発弾には触るな、と。

いつ爆発するか分からないし、爆発したら命はないのだと。


終戦間際になると、B29は昼間でも堂々と飛んできては悔しいくらい悠々と博多の町を焼き尽くして

いった。

その頃には幼い京子たちも防空壕へ逃げ込む術を身につけていた。最初は空襲警報のサイレンが鳴り響いていたがそれもいつしか半鐘に変わり、最後はそれすら鳴らなくなった。町行く人々は、ただ爆発

音と遠い雄叫びを便りに事態を把握するという

有様であり、もはや戦局の悪化は誰の目にも明らかだった。

空襲が始まればとにかくどこか近くの防空壕へ逃げこみ、頭を防空頭巾で守ること。固く目を閉じそれが行き過ぎるまでジッと堪えること。

何百何千という爆弾が落ちるたびに恐ろしいばかりの地鳴りと地響きが粗末な防空壕を揺らすのだった。地響きの中には必ず悲鳴も混じっていた。


ある日の空襲のこと。

激しい爆撃音がおさまり辺りが静かになって外に出た京子は、頭も手足もバラバラに吹き飛ばされ

血まみれで倒れている人間?を見た。

千切れた手にはまだしっかりと何かが握られていた。京子は凍りついたまま、その手に握られたものを凝視した。

それは、真っ白で柔らかそうな赤児の手だった。

ガタガタとその場に震えて立ち尽くす京子を、知らないおばあさんが抱きしめてくれた。


よしよし

こわかったね

大丈夫?

お家一人で帰れる?

そう

そしたら気いつけて帰りんしゃいね

そしてね

よか?

もう、忘れんばよ。

何もかんも、今見たことは忘れんしゃい。

よかね?

うん、うん、気いつけてね。


弟には、愼二郎には、あんなものを見せちゃいかん。あんなものはあたし一人でたくさんだ。

やっと戦争が終わったのに、なんで今さら


京子にはなぜか分かっていた。

あれは不発弾が爆発して愼二郎と一緒にいた

男の子が巻き込まれたということを。

たぶん、あの子たちは助かってないだろう。

京子はまだ暴れ続けている弟を抱き締めながら

冷静にそう考えていた。




2人の騒動が聞こえたのか母親のトリが

自宅を兼ねた和菓子屋の作業場から出てきた。

いつもの白い割烹着姿である。


あんたたち、どげんしたと?


京子は事のあらましを話した。話してるうちに

涙が溢れてとまらなくなった。先に涙目だった愼二郎が泣き出すと、2人はとうとう声を上げて泣き出してしまった。

トリは呆れたような顔をしていたが、2人の顔を

手拭いでふいてあげながら


もうよかよか。

とにかく明日たい。

ね、シンちゃん

今夜は久しぶりに銭湯に行ってこんね。


と、2人分の風呂代を渡してから

もうすでに機嫌の治りかけた愼二郎の顔を

オデコがくっつくくらい覗きこんで


今日はくさ

よか売り上げがあったけんね

シンちゃん、コーヒー牛乳ば飲んできんしゃい。

ばってん、京子姉ちゃんと仲よう分けんばいかんよよかね?


と満面の笑みで言った。


コーヒー牛乳!!

よかとね?

おかあちゃん、ありがとう!

やったやったー!

愼二郎はさっきまでの泣き顔も忘れて

着替えを取りに奥間へ飛び込んでいった。


シンちゃん!

シンちゃんて!

こら、愼二郎!

あんたまだ早すぎるやろ

いま何時や思とうと?

ほんなこつ、こん慌てん坊が


そう言って笑いながらも、トリは頼もしそうに

愼二郎の背中を見つめていた。



つづく



(この物語は事実を元にした創作です。

登場人物の名前は全て仮名です)