出会えた人々
出会えた風景
出会えた音や色
出会えた風や匂い
出会えたさまざまなもの
たった1秒
たった1cm
ずれただけで出会うことができなかった
出会ったから存在するもろもろ
しかし
出会うことがなかった
存在しない無限のものたち
だから
ひとの価値観などあまりにも狭隘であり
だからこそ
もっともっとたくさんのものと出会いたい
- もっと、わたしを (幻冬舎文庫)/平 安寿子
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出会えた人々
出会えた風景
出会えた音や色
出会えた風や匂い
出会えたさまざまなもの
たった1秒
たった1cm
ずれただけで出会うことができなかった
出会ったから存在するもろもろ
しかし
出会うことがなかった
存在しない無限のものたち
だから
ひとの価値観などあまりにも狭隘であり
だからこそ
もっともっとたくさんのものと出会いたい
「道」は確かに存在します
それは、ものの見方であり、佇まいであり、寄る辺であり
よって、勝負とは別のものです
しかし、
それが「競技」となった場合
そこには厳然とした
勝ちと負けしかありません
競技者は勝ちにこだわるべきです
負けて得るものがあると言われますが
それは、ほんのささいなものです
勝って得るものの方が何十倍も大きなものです
だからこそ
競技者は勝つために技を磨き
その競技を研究、分析し
ルールという枠の中であらゆる手段を講じるべきです
勝った時のカタルシスを
負けた時には一滴たりとも感じることはできません
勝つために努力をし
勝つために進歩をするのです
「道」を否定する気はありません
憧れや尊敬を感じます
ただ「道」と「競技」はまったく違うものです
昔話はどのようにして今まで伝えられてきたのだろう
「浦島太郎」や「花咲爺さん」を作った人は誰なんだろう
いつ、どこで、どういう状況で作られたのだろう
それは、どういう手段で広められたのだろう
伝わるあいだにどの程度変化してきたのだろう
興味がある
話は少しずれるが
自分がとても知りたいことがある
世の中で一般的になるには
それがある程度の勢力をもった時だと思われるが
その「ある程度」の境目が知りたい
コップの水がこぼれる
その一滴が知りたい
たとえば、今、女性の茶髪は一般的になっているが
それが「あたりまえ」になった境目の個人はだれ?
「その人」が髪の毛を染めたことで
それまでヤンキーか崩れた人しかしなかった茶髪が
「普通」になった「その人」が知りたい
東京に住む由美さん?
秋田県の弘子さん?
山口の美樹さん?
振り子が振れた
個人が必ず存在するはず
「その人」を知りたい