「なんで山に登るの?」とよく聞かれる

一番答えづらい質問だ

 

「なぜだろう?」と考えてみて、それらしい理由をひねりだしたとしても

どうもしっくりこないし

そもそも理由なんて考えたことがない

 

ただ、下りてきた時に、すでに次はどこに登ろうかと考えていることだけは確かだ

 

「なんで?」と聞いてくる人は少なくとも興味があるのだろうと

自分勝手に解釈しているけれど無理強いはしない

 

登りたくなれば登ればいいし

登りたくなければ一生登らなければいい

 

しかしながら、登ってみてまた次を考えた人は

「なんで?」と聞かれることを覚悟したほうがいい

 

 
 

3月6日(木)にThe Rolling Stones 「14 ON FIRE」ツアーの東京最終日をみてきた


1990年の初来日(1973年は幻だった)をみにいって以来、24年ぶりの再会


自分にとってThe Rolling Stonesはいつも心のどこかにある

かけがえのない存在


だけど、初来日以降は彼らの周りが大きくなりすぎて

彼らが転がりづらくなっていた

だから、その後の来日はあえてスルーしていたが

そろそろ、「これが最後かもしれない」という焦燥感にかられてチケットをゲット


約四半世紀ぶりにみた彼らは圧倒的だった


ミックとキースは70歳、一番若手のロンで66歳、チャーリーにいたっては72歳


こんなおじいちゃん達はみたことない


今、思えば初来日の時はだいたい今の自分と近い年齢だったが

その時となんら変わっていない


自分が24年後に、あんなにカッコいいおじいちゃんになっていられるだろうか

畏怖であり、驚異であり、憧憬であり

彼らはしっかりと転がり続けていた


「これが最後」なんてとんでもない

4、5年後、ロンも70歳をすぎて、

全員が OVER 70 になった彼らをみてみたい


きっと彼らは当たり前のようにカッコいいままだと思うけど




3日たった今日でも興奮冷めやらぬ勢いで久々のブログ更新



現在、脳のすべての部位は

なんらかの働きにより使用されている

という仮説が最も有力である


しかし、それはあくまでも

状況の推測やデータの蓄積から

仮定された合理的な推論である



まだ、脳はすべてを

白日の下にさらけ出したわけではない


まだ、脳には

我々が役割を認識していない部位があるかもしれない



もしかしたら

現在の合理的な仮説とは

その部位が、その存在を秘匿するために

我々に、そう仕向けたことなのかもしれない



だとしたら

そこには何があるのだろう


我々が

見て、聞いて、触れて、

現実と感じているものや

考え、想像し、喜び、悲しんだりするものは

リアルなのだろうか


自分や他人は

本当に存在するのだろうか


そここそが、すべてであるのかもしれない




1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)/新潮社
¥620
Amazon.co.jp