世代論は | 社会保障を考える

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社会保障法の実現を目指して共同の可能性を考えたい

 

ある方が、若者の保守化により救いがたい状況になっていると指摘しています。世代論は結果としても内部の争いとなり、本質から遠ざかるように思う。今の状況は長い間の積み重ねの結果です。例えば、自衛隊の訓練状況が20年以上も前にはテレビで伝えられることはなかったと思いますし、新聞が地方の幹部の異動を伝えることもなかったと思います。いつのまにか伝えられるようになっています。状況は秘かに用意されてきたのではないかと思います。

 

「(声)若者を政治から遠ざけたのは 46歳 2018510日朝日新聞

 「なぜ見えぬ若者の政治的主張」(4月27日)を読みました。67歳の男性が、現政権に対する批判の声が意外に少なく、世論調査の結果では「若い層にその傾向が顕著」なことを嘆いておられる投稿です。これについて、私なりの意見を述べます。

 ご年配の方々の中には、「今時の若者は……」と苦言を呈される人がよくいらっしゃるようです。しかし、今の若者を育て、教育をしてこられたのは、ご投稿者も含めた、まさにその親にあたる世代の皆様だ、ということをお忘れではありませんか?

 ご投稿者が書いていらっしゃる通り、かつての若者たちが学生運動や労働運動に熱心だったのは事実だと思います。ただ、若者の政治意識が高いことを当時の政治家たちが問題視したから、若者を政治から遠ざけるような学校教育を始めたのではないでしょうか。そうして、政治に無関心な若者ができあがっていったのではないでしょうか。(以下略)」

 

社会保障費を若い世代が高齢者を支えるという肩車論を主張される方は、消費税を全額福祉に回すという約束が守れていないことは述べません。世代論は国民同士の争いに仕向ける道具だと思います。