呼び方も大事 | 社会保障を考える

社会保障を考える

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統合失調症の○○さん。てんかんの○○さん。認知症の○○さんだとその人の病気や障害の部分がその人の全体を現わしているかのように聞こえます。病気や障害の個別性も否定し、心理学で「てんかん性格」と語られた(今はどうか)時代があります。ネットではまだ生きています。こういう無茶な学問が与えた影響もあるでしょう。現在、問題になっている旧優生保護法の強制不妊の背景にあるのだと思います。認知症当事者は次のように語ったそうです。

 

「『呆けた人』と呼ばないで

クリスティーンとポールは、記者会見も開いた。 ワークショップでの発表を聞けなかった人々のために、当事者の参画を促すことを求め、特に強調したのは、「ディメンテッド・ピlプル(呆けた人)という表現をやめてほしい」ということだった。

「英語では、「デイメンテッド・ピープルではなく、ピープル・ウイズ・デイメンシアと呼んでほしい』と言ってきました。私たちはその頭文字をとって、PWDと言っています」 PWDは日本語に訳せば「認知症をもつ人、認知症のある人」。つまり、病は、その人の「一 部」であるということだ。デイメンテッド・ピープル(呆けた人)だと、その人「すべて」が空っぽで、人格を否定する響きがある。この違いを説明して理解を求めた。 糖尿病やがん、心臓病なら、どうだろうか。確かに、その人を丸ごと表現する言葉として「糖尿病の人」「がんの人」とはいわない。二人の主張は、説得力があった。」(『ルポ 希望の人びと』)