「(声)人生の最期、自分で選択したい 66歳 2018年4月28日朝日新聞
「独居の老人に終(つい)のすみかを」(12日)に賛成である。私には妻子はいるが、寝たっきりになったらホスピスかそれに近い施設に入りたいと思っている。
理由は妻子に介護の負担をかけたくないことと、今後ますます逼迫(ひっぱく)するであろう医療保険や介護保険のお世話になりたくないからだ。老い先短い老人よりも将来が期待される若者に十分な医療を施してもらいたい。
人には寿命というものがある。回復見込みのない延命のために医療費や介護費を使うべきではないと思う。苦痛を伴う延命措置を受けるより、私は尊厳死を選択したい。(以下略)」
ホスピスなどを利用できる人はいい。若い人に十分な医療をというのも分かる。だが、どこかで納得できない自分がいます。旧優生保護法や新しい出産前診断の動きを見ると、遺伝性の疾患などに対する日本人の警戒感は根強いように思う。暴走しかねないという危惧があります。老人の穏やかな最後はそれほど難しいことなのでしょうか。
それに財務省は75歳以上の医療費負担を2割にという提案をしているという。防衛費を減らすとは言わないが。
