マレーシア航空機撃墜 ~「21世紀のサラエヴォ事件」にしてはならない=岩上安身の「ニュースのトリ | なぜぼくらはおいていかれたの 

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≪岩上安身の「ニュースのトリセツ」号外より転載≫

┏【岩上安身の「ニュースのトリセツ」号外】━━━━━━━━━━━━━
◆◇内戦の続く東ウクライナ上空でマレーシア航空機撃墜 ~「21世紀のサラエヴォ事件」にしてはならない◆◇
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 空前の大惨事が起った――。

 7月17日、ウクライナ東部ドネツク州のグロボボでマレーシア航空のボーイング777型機が墜落した。乗客乗員298人全員の死亡が確実視されている。事故ではなく、何者かに撃墜された、とみられる。同機が飛んでいた空域は、ウクライナ政府軍と分離独立派が内戦を繰り広げる「戦場」の上空だった。

 ウクライナ政府は、ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力が、ロシアの支援受けて地対空ミサイルによって撃墜したと、ただちに非難した。ウクライナのポロシェンコ大統領は、「ここ数日間でウクライナの軍用機が2機撃墜されていて、マレーシア機が撃墜された可能性は否定できない」と述べた。

 これに対し、親ロシア派の「ドネツク共和国」の指導者は、関与を否定して、「ウクライナ軍の戦闘機が撃墜した」と主張し、双方の意見は真っ向から対立している。

 また、ロシアのプーチン大統領は「明らかに、この事故の起こった国(ウクライナ)政権にこそこのひどい悲劇についての責任がある」と述べたうえで、「もしこの土地が平和であり、ウクライナ南東部で戦闘行為が始まっていなければ、この悲劇は起こらなかっただろう」と、ウクライナ政府に墜落の責任があると主張した。

※Putin places responsibility for Malaysian jet crash on Ukraine
(ITARTAS JULY 18【URL】http://bit.ly/1jW1nx0 )

 ウクライナ政権と、親ロシア派およびロシア政府との間で見解が対立するなか、イタル・タス通信は、親ロシア派・ドネツク人民共和国の「情報提供者」の話として、以下のようなコメントを伝えている。

 Kiev operates all air traffic control services and it is unclear how
this plane (the Malaysian Airlines Boeing 777 that crashed in eastern
Ukraine near the Russian border Thursday night. ― ITAR-TASS) could
appear in the area,” he said.

“During the combat actions in Donetsk’s airport the communication
tower, a part of the united air control service was blown up,” he
said adding that “planes cannot fly there.”

彼は、「キエフ政府が全ての航空交通管制を行っている。どうしてこの飛行機(木曜日夜にロシア国境近くのウクライナで墜落したマレーシア航空のボーイング777)がこの地域を飛んでいたのかは不明だ」と述べた。

「ドネツクの空港通信塔での戦闘のときに、上空コントロールサービスの一部が燃えてしまったため、飛行機はその空域を飛べない」と彼は述べる。

※Commercial flights impossible in Ukraine’s east as infrastructure
destroyed ― DPR(ITARTASS JULY 17【URL】http://bit.ly/WgKcLV )

 この「情報提供者」が述べるところによると、今回、マレーシア航空機が墜落したウクライナ東部の地域は、連日のように行われている激しい戦闘行為のため、本来なら、民間の飛行機が飛ぶことは不可能な空域であるはずだという。
たしかに、この危険な空域を、民間機が無防備にフライトしていたのはなぜか、疑問が残る。航空交通管制(ATC)にミスはなかったのか、調査が必要だ。

 一方、ウクライナ政府は、撃墜が親ロシア派によるものであるとする「証拠」を発表した。親ロシア派の幹部がロシア当局に対し、「飛行機を撃墜した」と電話で話している音声だという。音声によれば、親ロシア派幹部が「さきほど飛行機を撃墜した。撃った飛行機を探したり、写真を撮ったりした。煙が出ている」などと、ロシア軍の将校に語ったとされる。

※「さきほど撃墜」武装集団が電話報告か(NHK、7月18日【URL】http://bit.ly/Wha0rg )

 食い違う言い分、まったく交わらない平行線。ウクライナ政府、親ロシア派武装勢力の双方から様々な「証拠」が提出され、「誰が撃墜したのか」という議論が伯仲する。

◆マレーシア航空機のもう一つの悲劇「消えた370便」

 マレーシア航空といえば、すぐに思い出すのは、「消えた370便」の事件である。今年の3月8日未明、乗客乗員239人を載せ、クアラルンプール国際空港から北京に向かう途中、マレーシア航空370便が忽然と姿を消した。マレーシア航空は今年に入って半年以内に2機のジェット機を失い、多数の乗客と乗務員の命を失った。こんな悲劇的な航空会社は、他に例があるだろうか。

 この370便について、当初は日本を含め世界中のメディアが大きく取り上げていたが、マレーシアのマハティール・ビン・モハマド元首相が自身のブログに「米中央情報局(CIA)やボーイング社が真実を隠している」などと書き込んで以降、報道がぴたりと止んでしまった。少なくとも日本では、続報はほとんど見当たらない。370便そのものだけでなく、370便についての報道もまた、「消えてしまった」のである。

 マハティール元首相といえば、東アジア経済グループ(EAEG)構想や東アジア経済共同体(EAEC)構想を打ち上げるなど、米国発のグローバリズムに対する東アジア発の対抗軸を打ち出し、自国のTPPへの参加反対を訴えている気骨の政治指導者である。

 大の日本びいきであり、日本人の勤勉さや共同体的価値観を見習えという意味で、「ルックイースト」政策を提唱してきたことでも知られる。日本の保守派のメディアや論客は、親日派のマハティールを歓迎し、もてはやしてきたが、米国主導のグローバリズムに彼が異を唱えると、とたんに手の平を返して冷淡な扱いに終始しているのは、どうにも釈然としない。

◆ウクライナの地で米国と歩調をそろえる岸田外務大臣

 奇妙なポジションに立っていたのは、岸田文雄外務大臣である。民間機が撃墜されるというこのタイミングで、なんとウクライナの首都・キエフを訪問していた。

 岸田外相は17日午後、キエフでポロシェンコ大統領らウクライナ政府の要人と相次いで会談し、ロシアによるクリミアの併合について「力による一方的な現状変更は認められない」と述べ、米国と歩調をそろえて、ウクライナへの支援を表明した。ロシアの側ではなく、ウクライナの側に立つ、より正確にいえば、ウクライナの肩をもつ米国の側に立つことを明らかにしたのである。だが、その支援表明の数時間後に撃墜事件が起きた。それ以降は、一方的にロシアを非難するようなコメントは出していない。

※岸田外相、ウクライナ訪問 大統領と会談、支援表明(7月17日、朝日新聞
【URL】http://bit.ly/1pidh1D )

 安倍政権は、7月1日(火)、集団的自衛権の行使容認を、解釈改憲の閣議決定という、「裏口から入る」ような方法で強引に決めたばかりだ。集団的自衛権の対象国は同盟国の米国に限定されない、と安倍総理は言明している。念頭にあるのはNATO(北大西洋条約機構)だろう。

 安倍総理は5月上旬に欧州を歴訪した際、NATO本部を訪れ、ラスムセン事務総長と会談し、日NATOの国別パートナーシップ強力計画(IPCP)に署名している。いざという時に集団的自衛権の行使容認によって自衛隊とNATOが共同の軍事行動をとれるように、着々と布石を打ってきた、とも考えられる。

 ちなみに、安倍総理は、2007年に日本の現職総理として初めてNATO本部を訪れており、今年5月の訪問は2度目の訪問となる。NATOへの傾斜ぶりは、歴代総理の中でも突出している。

 今回の岸田外相のウクライナ訪問は、マレーシア航空機撃墜事件のタイミングと重なったのは偶然であるにせよ、安倍政権の姿勢を象徴するものだった。
集団的自衛権の行使容認、NATOとの関係強化、そのNATOを実質的に主導する米国と欧州でも歩調をあわせるという意思表示。そして焦点となるウクライナに足を運び、ロシアとの対立を深めるキエフの政権に支持を表明すること。

 とはいえ、勇ましい発言を繰り返してきた安倍政権であっても、いざ、このような悲惨な事件が起きてみると、だじろぐようである。どこまで深入りする覚悟があるのか、不明である。

 18日、日本版NSC(国家安全保障会議)の非公開の会合が開かれ、この問題が討議された。会合後のぶら下がりでの安倍総理の発言は、「原因究明が必要です」という慎重なトーンに終始した。

◆オバマ大統領のダブルスタンダードな「憤り」

 原因の究明が最優先されるべきだ、という安倍総理の慎重姿勢は、決して間違ってはいない。ウクライナのような紛争の当事国がいきりたつのは致し方ないが、第三国はつとめて冷静さを保つべきだ。

 18日、日本時間の23時過ぎから、国連安保理が「完全で独立した国際調査」を求める声明を発表し、緊急の会合を開いた。国際社会は、まずは事実を正確に把握すべきだと考えている。誰が責められるべきか、判断はそれからで遅くはない。

※国連安保理が18日緊急会合、マレーシア機墜落で調査呼びかけへ(7月18日、ロイター
【URL】 http://bit.ly/1nSiMGn )

 そうした中、米国のオバマ政権が、まるで紛争当事国のように興奮した口ぶりなのがひときわ際立つ。オバマ大統領は18日、「ウクライナの親ロシア派が支配する地域から発射された地対空ミサイルが、マレーシア航空機を撃墜した」との見方を表明。「言葉で表せないほどの憤りを感じる」と厳しい姿勢を見せた。

※オバマ米大統領:ミサイルは親ロシア派地域から発射された(7月19日、ブルームバーグ
【URL】 http://bit.ly/1rntMya)

 撃墜した「犯人」が、親ロシア派の分離独立派であろうと、ウクライナ軍であろうと、あるいはそれ以外の第三者であろうと、故意に民間機を狙って撃ち落としてやろうとミサイルを発射したとは限らない。誤認し、誤射した可能性も大いにありえる。あえて民間人の犠牲を出して、敵のせいになすりつける偽旗作戦」でない限り、むしろ誤射の可能性の方が高いと思われる。民間機を狙ったところで国際社会を敵に回すだけで、何のメリットもないからだ。

 ウクライナ軍には、ミサイル誤射による民間航空機撃墜の「前科」がある。
2001年、演習中だったウクライナ軍は、テルアビブ発ノヴォシビルスク行のシベリア航空1812便を誤って撃ち落としてしまい、乗客66人、乗員12人が死亡するという犠牲を出した。過ちは、誰にでもおこりうる。

 もちろん、誤射や誤爆による民間人の犠牲は許されるものではない。誰がやったにせよ、責任は追及されるべきだ。しかし「憤りを感じる」というそのセリフを口にする資格がオバマ大統領にあるかどうかは、また別の問題である。

 今、この瞬間にも米国の大切な同盟国イスラエルは、ガザに猛攻を仕掛けている。誤射とか誤爆以前に、イスラエルは確信犯的に空爆を市街地に加え、11日間で260人以上の死者を出した。犠牲者の大半は子供を含む一般市民だ。17日にはついに地上軍の侵攻にも踏みきった。

 だがオバマ政権は、イスラエルの攻撃を「憤りを感じる」と糾弾することはない。死者一人を出したハマスのロケット弾攻撃を「テロ」と非難し、イスラエルにはテロから自国を防衛する権利があると、一方的に擁護する。犠牲者数は1対260人超。あまりにも吊り合わない。イスラエル軍の生み出す犠牲者の数は、こうしている間にもますます増えていく。

 仮に正当防衛だとしても、200倍返しのウルトラ過剰防衛が正当化できるかどうか。オバマ大統領が、ウクライナで民間機が撃墜されたことに「言葉で表せないほどの憤りを感じる」なら、イスラエル軍によるパレスチナ市民の犠牲に対しても「言葉で表せないほどの憤りを感じる」と非難するべきだろう。さらにいえば、自国の軍隊が、アフガニスタンで、イラクで、パキスタンで、ソマリアで、スーダンで、リビアで、数えきれないほどの民間人の犠牲者を出してきたことにも「憤りを感じ」なくてはいけないはずだ。ダブルスタンダード
も度が過ぎる。

◆息子がウクライナのエネルギー企業の役員に就任しているバイデン米副大統領の「断定」

 もう一点、米国が第三者としての冷静さや慎重さを欠いていると思われるのは、真相究明がなされていないこの時点で、ウクライナ政府と歩調をあわせ、親ロシア派武装勢力が撃墜したとの見方を示唆していることだ。バイデン副大統領は、「事故ではなく、上空で撃墜されたようだ」と述べた。また、米当局者のひとりは親ロシア派がミサイルを発射したとの疑いが濃厚だと指摘した。いずれも根拠は明らかにされていない。

※マレーシア機はウクライナ親ロ派が「撃墜」か、東西対立の懸念(ロイター、7月18日【URL】http://bit.ly/1nCXfNh )

※マレーシア航空機 ウクライナで墜落 撃墜か
(NHK、7月18日【URL】http://bit.ly/1mmD2uB )

 バイデン副大統領といえば、次男のハンター・バイデン氏がウクライナ最大のガス会社ブリスマ・ホールディングス社の取締役会メンバー兼法律顧問につい先頃就任したことで知られている。父親が政治力にものをいわせ、息子を役員に就任させたのが、ウクライナは米国の植民地かと、さんざん取り沙汰されていたが、ホワイトハウスは「親と子はそれぞれ別」と言って押しきった。

 成人しているのだから、親は親、子は子で、それぞれ別の人生を歩んでいるのだ、という理屈はもっともだ。とはいえ、息子がウクライナのエネルギー企業の役員に就任しているバイデン米副大統領が、国連による見解の発表や第三者による調査を待たずに、事件について断定的なものいいをするのはいささか
軽率ではないか。李下に冠正さず、という格言は通じないのか。

 こうした拙速な断定、一方的な肩入れ、力にものをいわせる強硬姿勢は、昨年8月、シリア国内で化学兵器が使用されたとして、アサド政権側が使用した証拠がないまま、米国が軍事介入へと一気に突き進もうとしたことを想起させる。

 あの時はロシアが巧みな外交でとりなし、シリアに化学兵器を放棄させて、武力行使を食い止めた。今度は去年の秋以降、ロシアが標的にされ、守勢に立たされている。とりなす仲裁者は見当たらない。

◆この事件を、21世紀の「サラエヴォ事件」にしてはならない

 罪のない民間人が、ウクライナ内戦の巻き添えとなり、犠牲となったことは本当にいたましい。「犯人」を突きとめ、責任をとらせるべき、という声があがるのはもっともなことだ。

 しかし、同時に考えなくてはならないのは、一般市民の犠牲者が、これ以上出ないように、暴力の拡大や連鎖に歯止めをかけることだ。国際社会がそろって、キエフ政権と、「ドネツク人民共和国」ら分離独立派の双方に、停戦と話し合いを呼びかけるべきである。

 NATO軍にせよ、ロシア軍にせよ、間違っても武力介入をすべきではない。そうなればウクライナ国内のもめごとではとどまらず、欧州大戦となる。そこにもし集団的自衛権の行使によって日本がNATO側に立って首を突っ込むような羽目になったら、極東でも戦火が燃え広がることになる。中国がロシア側に立つということにでもなれば、世界大戦である。

 ちょうど100年前の1945年6月28日、サラエヴォでオーストリア=ハンガリー帝国のフェルディナント皇太子夫妻がセルビア人青年ガヴリロ・プリンツィフに射殺された。その1カ月後の7月28日、オーストリアがセルビアに宣戦布告した。セルビアの同盟国であるロシアが応じ、ドイツも、フランスも、イギリスも、日本も、アメリカも、同盟の義理と打算、すなわち「集団的自衛権」によって参戦した。世界中がたちまち戦争の狂気の渦に巻き込まれ、第一次世界大戦へとつながっていった。まさか、そんな、と思うかも知れない。しかし歴史をひもといてみると、100年前も、まさか、そんな大事になるとは、誰も思っていなかったという。

 東欧というユーラシアの中核で、戦争の炎が燃えあがるのを怖れる。人類が核を握って以来、核保有国同士が直接、戦火を交えたことはない。勃発したが最後、勝者は地上に誰一人いなくなる。

 マレーシア航空機撃墜事件を、21世紀のサラエヴォ事件にしてはならない。


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