なぜ、私が精神科医になりたいのか。なぜ処方にこだわるのか。 | カワセミ電機社

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大阪府枚方市の将来精神科医になりたい高校生です。

どうもこんばんは。カワセミでございます。
今日は、ふと思いついたので、私が何故、精神科医になりたいのか、
そういったお話をしたいと思います。


小学生の頃は、よく「チームバチスタ」シリーズや「ドクターズ」、「ドクターX」
など、医療ドラマを好んでみていました。
医者に憧れることはありましたが、様々な症状に対処しなければいけない責任を伴う仕事
なので、医者になりたいとま思いませんでした。

中学生時代は時計やブラウン管テレビの修理等に興味を持ち出し、電気修理業や、時計技師になって
開業したいと強く思っていました。

しかし、中学三年生の時にパニック障害を発症し、1年悩んだ末、予約が取れた心療内科に行くことになりました。

そこの先生は、診療時間は長いものの、人の話はほとんど聞かず、一方的に質問をしてきたり、薬の事典やカルテと
にらめっこをして「君ADHDでしょ?」などと、全く関係ない話をしだし、薬を毎回増やされるだけでした。

最初は我慢していましたが、薬のせいで強い副作用、「パーキンソン症候群」がでて、その副作用への対処も真面目にやってくれず、
怖くなり、その近くにあった心療内科に転院しました。

転院先の先生は、50代位の先生で、白髪交じりで最初は少し怖かったのですが、話もちゃんと聞いてくれて、ミスをしたらしっかり
謝ってくれて、パーキンソン症候群がでて怖くなって駆け込んでも、注射などをしてベッドで休ませてくれたり、はたまた私が見当違い
な事を言うとしっかり叱ってくれました。
また、「カワセミさんが成長していくのを、私たちは医療面で支えていきたいです」と言ってくださったり、症状が改善すると一緒に
喜んでくれたりもしました。

また、そこは無料でカウンセリングもやっていて、カウンセリングも受け、少しずつですが症状は改善しています。

ひどい医者にあったあとに、今の主治医の先生にあったことで、「この先生のような、患者さんに寄り添って、ともに歩んでいくような
”医者になりたい”」と思い始めました。

そこから、祖父が元大阪府の精神医療センターの看護師長であったため、専門書を借りてきたり、薬学時点を読んだりして、そういったことを
勉強するようになりました。

薬剤師や心理士は患者さんを支えることはできますが、処方はできません。
どれだけ周りが助けようが、医師が見当違いの薬を出していてはせっかくの意味がありません。

ですから、私は薬を処方できる権限を持てる医師になって、薬などで辛い思いをする人を少しでも減らしたいのです。

不登校になってから今まで、一切勉強はしてこず、今も勉強は苦手ではありますが、将来、関西医科大学に行きたいと思っています。

いつかツイッターで医師免許を取ったと皆様にお伝えできるよう、頑張ってまいります。

長文お読みいただきありがとうございました。カワセミでした。