南浦和駅と東浦和駅の間を走る武蔵野線。その中間地点に新駅を設置するのが明花駅構想です。
この構想は、遅くとも1980年代半ばにはあり、浦和市時代は自民党から共産党まで、明花駅の新設を推進していました。
最後の浦和市長であり、初代のさいたま市長を務めた相川宗一氏も明花駅を推進していました。一方、JRとしては新駅の設置には、設置費用を上回る利益が確保出来なければいけません。
そのために、新駅の設置に伴う周辺の土地区画整理が必要ですが、2003年に関係権利者から、区画整理には賛成できないという要望書が市に提出されました。
しかし、南区東部には、交通空白地域、つまり、バスや電車などの足が不足している箇所があります。今後の高齢社会の本格化に伴い、交通空白地域の解消は喫緊の課題といえます。
3月5日の予算委員会で質疑しました。
川村準 今後の南区東部の交通空白地域の解消に向け、市は2024年度どのように動くのか。
まちづくり総務課長 地域の地区計画を作ることが重要だ。2024年度は地元住民との意見交換をしっかり行っていきたい。
私としては、明花駅の設置が最善策と考えていますが、関係権利者の意向をしっかり聞いていくことはもちろん重要です。
今後は、市の職員にしっかり地元の意向を聞き取っていただき、関係権利者、地元住民みんなが暮らしやすい南区東部、明花エリアを実現するため、全力で活動します。